レベッカ・ミラー監督(Photo : Leo Veira)

 ニューヨーク、ブルックリンに暮らす精神科医のパトリシア(アン・ハサウェイ)と、現代オペラの作曲家スティーブン(ピーター・ディンクレイジ)夫妻。人生最大のスランプに陥ったスティーブンは、愛犬との散歩先のバーで、風変わりな曳舟(ひきふね)の船長カトリーナ(マリサ・トメイ)と出会う。カトリーナに誘われて船に乗り込んだスティーブンを襲ったある出来事により、夫婦の人生は劇的に変化していく。ハサウェイがプロデューサーを兼任したロマンチックコメディー『ブルックリンでオペラを』が4月5日から全国公開される。本作の監督・脚本を務めたレベッカ・ミラー監督に話を聞いた。

-この映画は、ちょっと風変わりな人たちのアンサンブルと新作オペラとドラマが重なる構成がユニークでしたが、脚本のアイデアはどんなところから得たのでしょうか。

 アイデアは本当にたくさんのところから得ていますが、2つ申し上げます。まず、マリサ・トメイが演じたカトリーナのキャラクターですが、昔、友達にセックスや恋愛の依存症の人が集まるミーティングに連れていかれたことがありました。その時のことがずっと記憶に残っていたので、それをこのキャラクターに反映させました。それからこの脚本は、もともとは自分が書いた短編が基になっていますが、それはスランプの話でした。自分もスランプを経験したことがあるし、その時の絶望感みたいなものもよく分かるので、スティーブンの話は、そういうところから出てきたという感じです。

-この映画のテーマは、「愛の形は相手によって変わっていく」ということだと思ったのですが…。

 それは、まさに思っていたことの一つです。人間は常に形を変え続けていくもので、他人がいるからこそ、自分が作られていくと思っています。つまり、私たちは常に互いに作り合い続けているということです。例えば、あなたが誰かと一緒にいれば、ある個性が引き出されますが、また違ったパートナーと出会ったら、別の個性が引き出されますよね。そうやって、私たちが相手によっていかに変わっていくのかということが、今回描きたかったことの一つです。

-アン・ハサウェイが、出演とプロデューサーを兼任していますが、今回の映画に関する彼女の存在や役割は、どのようなものだったのでしょうか。

 彼女は、この映画の最初のコラボレーターと言ってもいいような存在です。一番早く企画に賛同してもらい、キャスティングなどについても手助けをしてくれました。また、資金を集める上で、彼女の存在はとても心強いものでした。クリエーティブの面でも、いろいろな面でアイデアを出してくれました。とても大きな存在でした。

-キャスティングでいえば、スティーブンを演じたピーター・ディンクレイジが出てくるだけで、ファンタジーのような雰囲気が醸し出され、不思議な感じがしました。監督にとって、彼はどんな存在でしたか。

 ピーターは、スティーブンの役をやるために必要な幾つもの才能を持ち合わせていました。実は、彼の兄弟がプロのバイオリニストなんです。なので、クラシックの音楽家やミュージシャンの性格や生活がどんなものなのかを知っているんです。それから、彼は非常に人を引きつける魅力にあふれた俳優です。色っぽいところもあって、とても知的なのですが、抱えている感情や不安を、直接的に観客に伝える力も持っています。この物語の中心に彼がいてくれて本当によかったと思います。彼のユニークな個性が、この映画を他とは違うものにしてくれたと思います。

-マリサ・トメイが演じたカトリーナへのスティーブンの思いが変化していくところも、この映画のテーマの一つだと思いましたが、彼女はいかがでしたか。

 マリサは、自分が着る衣装にもとてもこだわって演じてくれました。特に最初の登場の時には、曳舟の船長という労働者のキャラクターにリアルな説得力を持たせてくれました。そこから、カトリーナの生来の美しさ、輝きみたいなものがだんだんと見えてきて、私たちも、そのステップとともに彼女の魅力に入り込んでいくわけです。そこには微妙なタッチが必要だったのですが、マリサは見事に演じてくれました。

-最後に流れる、ブルース・スプリングスティーンの「Addicted to Romance=恋愛依存症」はカトリーナのことを歌っているのですね。

 ブルースとは少し縁があって、『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』(15)の時に、彼の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」という曲を使わせてもらいました。今回は、奥さまに連絡をして、曲を書いてほしいとお願いし、2人に映画を見てもらいました。そうしたら、すごく気に入ってくれて、3日間であの美しい曲を書いてくれました。この映画は、人間が互いにインスピレーションを与え合うことがテーマの一つなので、この映画と彼のインスピレーションのサイクルが合ったことが、とてもうれしかったです。確かに、この曲はカトリーナのために書き下ろされた曲です。私の解釈では、「人生に遅すぎるということはない。セカンドチャンスはいつだってそこにある」ということを言っているのだと思います。カトリーナには、人生を諦めてしまったところがありますが、彼女にもまだチャンスがあるということです。

-この映画を見て、往年のスクリューボールコメディーやビリー・ワイルダーやウディ・アレンの映画を思い出しました。影響を受けたり、意識した映画はありましたか。

 ワイルダーと、アレンの名前を出していただいてとてもうれしいです。例えば、ワイルダーに関しては、『アパートの鍵貸します』(60)が大好きなのですが、あの作品のトーンは、とても変わっていると思います。コメディー調なのだけれど、悲しさや哀愁みたいなものが根底にあって、シャーリー・マクレーンが演じるヒロインが、とてもつらい経験をしますが、その中で、観客が微妙な空気を感じるような作りになっています。そんなところが私のインスピレーションとつながっています。アレンに関しては、コメディーという側面で大きく影響されています。コメディーの書き方や、レンズの中で振り付けをするようなカメラワークが素晴らしくて、そこにもとても影響を受けています。

-最後に日本の観客に向けて一言お願いします。

 人生は、常に形を変え続けていくものなので、何かを変えたいと思うことに遅過ぎることはないと思います。時に私たちは、自分でギブアップをしてしまうことがあると思いますが、自分を変えること、あるいは変化は求めれば得ることができると思うので、この映画を見て、人間は変わることができるということを感じてもらえたらうれしいです。

(取材・文/田中雄二)