『アクト・オブ・キリング』(C)Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012

先のアカデミー授賞式において、筆者も含めた多くの映画業界人がオスカー確実と予想しながらも、なぜか受賞ならなかった作品がある。長編ドキュメンタリー部門の『アクト・オブ・キリング』である。アカデミー賞以外の賞を総なめにしてきたこの映画、1965年のインドネシアにおける大量殺戮の史実を題材にしているのだが、切り口も演出手法もかつて見たことのない異色作なのだ。

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当初、人権団体からの依頼を受け、事件の生存者、すなわち被害者への取材を行っていたジョシュア・オッペンハイマー監督は、当局の執拗な妨害により取材対象を加害者に変更。これが世にも奇怪な映画の誕生のきっかけとなった。陽気で雄弁な加害者たちは自らの蛮行を嬉々として語り始め、ついにはそれを再現する映画への出演を承諾したのだ!

大量殺人を犯した張本人たちが“国を共産化から救った英雄”として今なお崇められ、悠々自適の生活を送っている現実からして不条理だが、それ以上に凄いのは“虐殺再現映画”の撮影プロセスだ。主人公は約100万人が犠牲となった事件当時、「1000人殺した」と豪語する殺人部隊の元リーダー、アンワル・コンゴ。良心の呵責などひとかけらも持っていないこの人物は、驚くほどあっけらかんと“共産主義者”への拷問や針金を用いた殺しの手口を披露していく。その取り巻きの連中も、グロテスクな特殊メイクや珍妙なコスチュームをまとって怪演を連発。大量虐殺という実際にあった出来事の深さと、スクリーンの中で繰り広げられる悪夢のように滑稽で狂った光景とのギャップに、誰もが唖然とせずにいられないだろう。

再現映画のためにスタッフやセットを調達し、加害者の狂騒を撮り続けるオッペンハイマー監督は、アンワルの内なる変化をもカメラに収めた。もともと映画好きのアンワルは、かつてハリウッドのギャングスターを演じる(=アクト)かのように殺人を繰り返したわけだが、再現映画の中のある場面をきっかけに未知の感情に襲われていく。そのアンワルの異変を生々しく捉えた“クライマックス”は、まるで悪魔憑きホラーの一場面のようだ。何と恐ろしく、不可解で、複雑な映画だろうか!

『アクト・オブ・キリング』
公開中

文:高橋諭治