呉美保監督

幾度も芥川賞候補に挙がりながら賞には縁遠く、1990年に41歳の若さで自ら命を絶った作家、佐藤泰志。発表当時よりもむしろ現代にリンクする名もなき人間たちの心の叫びが封じ込められたような彼の作品が、いま人々の心をとらえつつある。その再評価が高まる中、熊切和嘉監督の『海炭市叙景』に続き、今度は彼が遺した唯一の長編小説『そこのみにて光輝く』が映画化された。

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今回、映画化に挑んだのは呉美保監督。プロデューサーから話しが来たときは驚いたという。「原作を読んだら強烈な男と女の愛の物語。正直、思いました。“なんで私なんだろう”と。ただ、過去2作(『酒井家のしあわせ』『オカンの嫁入り』)は、自身のテーマである“家族”と向き合ったホームドラマで、次はまったく違うことにトライしたい気持ちがありました。この原作ならば作り手としての自分が試されるというか。自身の世界観や価値観を勇気をもってきちんと出さなくてはならない。そう考えた瞬間、自分としてはひとつの試練かつ大きなチャンスをいただいたなと思いました」。

その覚悟は作品を観れば明らか。記憶から消しようのないトラウマを抱えた達夫と、まるで呪われたような不遇から抜け出せない千夏の求め合う心と心のぶつかり合いが生々しく描かれる。その映像からは、登場人物たちの心の中を去来する感情がヒリヒリと伝わってくるに違いない。「この物語には覚悟をもって挑まないと、拮抗することができないと思いました。まずは私に少しでも甘さや生半可な気持ちがあったら生ぬるい作品になってしまう。ですから、性描写もヴァイオレンス描写も臆することなく挑もうと思いました」。

ただ、それも実力のある役者の深い理解があったからこそ可能になったという。監督のこの言葉を裏打ちするように主演の綾野剛をはじめ各役者が“迫真”のひと言では片付けたくない魂を感じる演技を見せてくれている。「綾野(剛)さんにしても、池脇(千鶴)さんにしても、菅田(将暉)さんにしても役に身を捧げることを厭わない。今回は、そんな役者さんばかりで、ほんとうに今はみなさんに感謝しています。中でも池脇さんは身体も精神もギリギリに追い込まれるハードな役。よく引き受けてくださったなと思っています」。

「今まで自分がやってこなかったチャレンジに真っ向から取り組めた感触がある」と呉監督。気鋭監督と役者がひとつの気概を持って挑んだ狂おしいまでの愛の物語に注目を。

『そこのみにて光輝く』
4月19日(土)よりテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開

取材・文・写真:水上賢治