舞台『わたしを離さないで』バックステージツアー 舞台『わたしを離さないで』バックステージツアー

イギリス最高の文学賞であるブッカー賞受賞作家、カズオ・イシグロの長編小説『わたしを離さないで』が蜷川幸雄の演出で舞台化され、彩の国さいたま芸術劇場にて公演中だ。数奇な運命を背負った若者たちの生きざまが描かれた傑作を、気鋭の劇作家・倉持裕が脚色。上演時間4時間(休憩2回含む)に渡る繊細な会話劇に、多部未華子、三浦涼介、木村文乃ら期待の若手俳優陣が挑んでいる。

舞台『わたしを離さないで』チケット情報

幕開きから聞こえてくる哀感ただよう音楽に、瞬時にノスタルジックな時代へと誘われる。制服を着た少年少女による教室のざわめきは、誰もが記憶している風景だ。しかし、はしゃぐ彼らを叱責する教師は“先生”と呼ばれながら“保護官”であり、その大人たちの言葉から、無邪気な彼らがある使命を持って生かされている子供たちであることを知らされる。自らの運命を理解しているのか、それとも気づかないふりをしているのか。彼らは思春期のささいな出来事に胸をときめかせ、恋を覚え、友を傷つけて、残酷な使命を果たすために成長していく。

多部、三浦、木村が見せる気負いのない自然体の演技が、淡々とした日々を重ねる若者たちの孤独や閉塞感をより物悲しく浮き彫りにして出色。一方、彼らを憐れみ、時に激する心情を鋭く印象づけるのは床嶋佳子、銀粉蝶、山本道子ら実力派たちだ。全編を通してただよう寂寞とした空気からは、カズオ・イシグロの筆致にこもる叙情性が確かに感じられて、終始せつなさが胸を突く。原作ファンも納得の、充足の痺れを伴う作品に仕上がっていた。

本公演では終演後にもうひとつのお楽しみ、バックステージツアーが特定日のみで開催されている。バックステージツアー付きチケットを購入した観客30名ほどが、物語の余韻が残るステージに上がって大掛かりなセットや細かな小道具、さまざまな仕掛けを見学。防波堤に波が打ち付けられる場面での工夫を凝らしたセット裏側の仕掛けや、女子寮場面での舞台セットなど、説明を受けるごとに参加者から感嘆の声があがっていた。「観客の皆さんの気持ちが途切れないように、できるだけ早く場面の転換を行っています」。スタッフの言葉に、鮮やかに出現した劇空間の数々が思い出される。中でも「蜷川さんがこの作品で重要視しているのが“風”の存在」という説明のあった風を起こす仕掛けに、多くの参加者が深くうなづいていた。静謐に流れゆく物語の中で風がどのように登場し、名演技を見せているのか。ぜひ劇場で確かめてほしい。

公演は5月15日(木)まで彩の国さいたま芸術劇場 大ホール、5月23日(金)・24(土)に愛知県芸術劇場 大ホールにて、5月30日(金)から6月3日(火)まで大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて。チケットは発売中。

取材・文 上野紀子