『プリズナーズ』 (C)2013 Alcon Entertainment. LLC. All rights reserved.

陰鬱な曇り空。事件の急展開を予告するように降り出す雨。登場人物の心情を表すように、絶望的な香りを漂わせつつ、空気の温度まで感じさせる、名カメラマン、ロジャー・ディーキンスの極上映像に引き込まれ、われわれ観客も本作のプリズナーズ(=囚われ者)になっていく……。行方不明となった娘を探す。その一点に心を囚われた主人公。事件の犯人だと目をつけられ、監禁される青年。最初は冷静に見えた、もう一人の主役である警官も事件の迷宮にじわじわ囚われる。2時間33分、時折、呼吸をするのも辛くなるほど高緊密な時間に支配される一作だ。

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キャストそれぞれも作品に囚われているのは明らかで、ジャン・バルジャン以上に眉間に深い皺を刻み、眼を充血させるヒュー・ジャックマンはもちろん、現在、危険な存在を演じさせたら、ハリウッドでも屈指のポール・ダノが事件を迷宮化する難しい役どころで、出てくるだけでスクリーンに怪しさを充満させる。穴からわずかに覗く、その眼の演技だけでインパクト大!

もうひとつ、観る者を誘い込むキーアイテムが“迷路”だ。迷路自体のイメージも物語に大きく関わるが、本作は要所に観客をミスリードする、迷路まがいの描写がちりばめられている。ある人物の、ある発言が、事件の方向を一気に転換させつつ、実は……という仕掛けが頻発するのだ。そのたびに観客は混乱を深めることになるが、同時に、迷路をさまよう危険な快感がもたらされ、それこそが本作の醍醐味だと言える。

監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは、日本ではこの後に公開される、本作と同じジェイク・ギレンホール主演の『複製された男』で、自分と同じ人間が現れる不条理サスペンスに挑んでいる(こちらはわずか90分。迷宮へのアプローチの違いも必見)。初期作品の『渦』から、主人公が悪夢的に一線を超えて戻れなくなる状況を、ここまでスリリングに見せる才能は世界でも希有だろう。しかも観る側が、囚われているのに息苦しく感じないのは、的確でメリハリのある演出を心がけているから。今回も夜のカーアクションの描写力などが並外れており、エンターテインメントとしても上質なのである。

『プリズナーズ』
公開中

文:斉藤博昭