舞台『昔の日々』 舞台『昔の日々』

ブロードウェイ、ロンドンほか世界を股にかけて活躍する、現代を代表する演出家デヴィッド・ルヴォー。1988年に初来日し、シアタープロジェクト・東京(T.P.T.)の活動などで日本とも非常に縁の深い人物として知られている彼の、ミュージカル「ルドルフ ザ・ラスト・キス」(2012年)以来となる日本での演出作『昔の日々』が6月6日、東京・日生劇場で開幕。前日に行われたゲネプロを見学した。

舞台『昔の日々』チケット情報

『昔の日々』は、『背信』『温室』などで知られるノーベル賞受賞作家ハロルド・ピンターが書いた男女三人芝居。過去にピンター戯曲を3作演出した経験のあるルヴォーは生前のピンター本人からの信頼も厚く、彼のために新作戯曲が書かれたほど。そしてこの1970年発表の『昔の日々』は、ピンターがルヴォーによる演出を熱望していたという作品でもある。つまり“決定版”といっても過言ではない今回の上演では、堀部圭亮、若村麻由美、麻実れいのゴージャスな顔合わせが実現。麻実、若村はルヴォー演出経験者だが、敬愛するルヴォーとは10年以上の時を経ての再会となった。そして近年は舞台での活躍も目立つ堀部は、ルヴォーとは初顔合わせだ。

海辺の町で静かに暮らす、ディーリー(堀部)とケイト(若村)夫妻。そこに妻の旧友でルームメイトだったらしきアンナ(麻実)がひとりで訪ねてくる。20年ぶりに再会したケイトとアンナだが、互いの曖昧な記憶がディーリーを混乱させる。やがて彼も、かつてアンナと出会っていたことを思い出すが、彼女には驚くべき秘密が……。

繊細な謎解きに挑むような、濃密な90分だった。A+B=Cといった明確な答えが得られるわけではない。だが舞台に置かれたモノひとつひとつ、台詞のひとつひとつにヒントを求めて、この不思議な物語の構造を自分なりに解き明かそうとした90分は、知的な興奮に満ちていた。官能を味わった、と表現してもよいかもしれない。もちろんそんな理屈っぽい見方をしなくとも、目の前に広がる深紅の世界に身を委ねるだけで、同様の官能はきっと得られるだろうが。いかなる見方も拒絶しない、懐の深い戯曲と演出なのだ。

“記憶”にまつわるファジーな物語に、俳優たちの演技がしっかりとした芯を通す。「あなたはどう思う?」と問いかけ続けるルヴォー演出で引き出され、積み重ねられた3人の骨格ある演技が、終盤のゾクッとする展開まで、観客を迷いなく導く。特に、受けであり中心でもあるという難役の若村麻由美の存在感が絶妙で、見事だ。

「最小限の言葉や表現で大きなテーマを伝えるピンターの作品は、(似た性質のある)能などの文化を持つ日本ではより浮かび上がるものがある」とルヴォー。この日本でしか観られない、美しい“決定版”を体感してほしい。

公演は6月15日(日)まで東京・日生劇場、6月19日(木)から22日(日)まで大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて。チケット発売中。6月8日(日)公演終了後にはルヴォーによるワークショップも開催。

取材・文 武田吏都