『her/世界でひとつの彼女』を手がけたスパイク・ジョーンズ

本年度のアカデミー脚本賞を受賞した『her/世界でひとつの彼女』が間もなく公開になる。スパイク・ジョーンズ監督は、人間と人工知能の恋愛を題材に観客に様々な“問い”を投げかけたかったようだ。来日時に話を聞いた。

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本作の主人公は近未来のロサンゼルスで手紙の代筆ライターをしているセオドア。長年連れ添った妻と別れて孤独な日々をおくっている彼はある日、最新のOSを入手し、最新型人工知能“サマンサ”と出会う。やがて、セオドアと声だけのサマンサは様々な会話をし、行動を共にし、彼は笑顔を取り戻していく。

本作はSF的な設定や展開がふんだんに盛り込まれているが、ジョーンズ監督が描きたいのは“人間の心”だ。彼は「恋人とふたりでいる時間や人と過ごしている時間の“中身”が大切だと思う」とした上で「僕は恋人と同じ場所にいて、そこで自分を表現することが大切だと思っているんだけど、みんなはそのことについてどう考えているんだろう?」と問いかける。劇中にセオドアは携帯端末を通じていつもサマンサと会話し、共に行動し、同じ時を過ごす。「テクノロジーの進化のおかげで人はより親密になることができるようになったけど、同時に人との関わりを避けることもできるようになった。これは現代的な問題なんだろうか? 10年前や100年前の人はどうしていたんだろう?」

ジョーンズ監督が“答え”ではなく“問い”を発するのは、この映画は観る人によってその姿を大きく変えるからだ。「実は、この映画には“敵役”がいないんだ。あえていうならば主人公のセオドア自身が“敵”になる。なぜ、人は孤独を感じるのか? なぜ、人は誰かとつながりたいと感じるのか? その答えはいつも自分の中にあるものなんだ。恋人といるときに自分の感情を相手と分かち合うのか、自分の心の中にとどめておくのか、人とつながろうとするのか避けようとするのかは、自身に問いかけて決めているからね」。ジョーンズ監督の考えは、本作の映像表現にも反映されている。多くの恋愛映画では、ふたりの登場人物のショットを切り返しながら会話が進んでいくが、この映画ではサマンサに“実体”がないため、カメラは常にセオドアを写し続ける。「セオドアの感情や感覚は“心の中”で起こっているから、彼の表情やその瞬間に想いをはせているものをレイヤー(層)にして視覚的に表現するようにしたよ」。

本作は、題材は少し風変わりだが、誰もが映画を通して自身の過去や現在を見つめなおし、自身の中にある孤独や人とつながりたい気持ちについて考えさせられる作品だ。「映画をみんなに等しく感じてもらう必要はないと思っているんだ。だからこの映画を観ていただいた人の数だけ反応があって、観ていただいた人の数だけの関係性を築けたらいいな、と思っているよ」

『her/世界でひとつの彼女』
6月28日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー