ライターズ・ライターという言葉がある。その作品に対し、同業者が尊敬の念を払う作家のことである。今の日本エンターテインメント界でもっとも崇拝者の数が多い現役作家が誰かといえば、それは荒木飛呂彦なのではないだろうか。

 シリーズ第8部の幕明けを告げる『ジョジョリオン 』第1巻が12月に発売されたが、荒木の代表作『ジョジョの奇妙な冒険』の連載が「週刊少年ジャンプ」誌上で始まったのは1987年のことだ。掲載誌を替えて続く連載は、なんと今年で四半世紀を超える。
 『ジョジョ』は、ジョナサン・ジョースターが主役を務める第1部の段階ではまだ知る人ぞ知るマイナー作品に過ぎなかったが、第2部で2代目の主人公ジョセフ・ジョースターが登場し〈波紋〉を駆使して〈柱の男〉たちと闘い始めるや、一気に人気に火がついた。そして第3部、『ジョジョ』の代名詞ともいえる〈幽波紋(スタンド)〉の設定が公開され、作品の地位を不動のものにしたのである。その第3部で3代目主人公・空条承太郎の敵役として再登板したのが、第1部の影の主役ともいえる人物、DIOことディオ・ブランドーだった。
 ディオは策略によってジョースター家を乗っ取ろうとし、その企みが挫折したと見るや石仮面を被って自らの体を吸血鬼と化した人物だ。「人間を捨てた」ディオは第1部の最後で滅びたかに見えたのだが、しぶとく生き延びて海底に没した柩の中で復活の機会を伺っていた。それから100年の時が経ち、再びジョースター家の血を引くものとの闘争を繰り広げるのである。

 西尾維新による『ジョジョ』のノベライゼーション『JOJO’S BIARRE ADVENTURE OVER HEAVEN』は、そのディオを主役とし、彼の視点から第1部のVSジョナサン戦、第3部のVS承太郎戦を描くものである。第3部は母・空条ホリーの危機を救うため、承太郎が祖父ジョセフらとともに日本からエジプトに至る長い行路を旅するという内容であり、実際にディオが姿を現すのは終盤に至ってからだった。それまでの間に彼が何をしていたのか。そもそも、スタンド使いを集めた目的は何だったのか。漫画の記述を元にし、本編で描かれてこなかった空白を埋める意図で本書は書かれている。徐々に近づいてくる承太郎を待ち受けているディオが、100年前のジョナサンとの死闘を回想するという形で話は進んでいくのだ。
 小説中で描かれるディオの目的は、「天国へ行く」ことだ(原作ではこのキーワードは第6部に相当する『ストーンオーシャン』に登場する。第6部と第3部の間に広い接合部を設けたのも本書の功績の1つだ)。それは貧民街で彼を育てた母親が、繰り返し少年期のディオに告げた言葉だった。底なしのお人よしで「与える者」だった母親、根性のねじ曲がった悪党で「奪う者」だった父親、その双方を憎悪しつつ、ディオは成長していく。そして、貴族階級に属して「与える者」であったジョージ・ジョースター1世の懐に飛び込み、そのすべてを「奪う者」になろうとするのである。その前に立ちふさがったのが、ジョージの嫡男であるジョナサン・ジョースターだった。

 ジョースター家の者の視点ではとらえきれないディオの内面をこうして作品化するのは大胆な試みである。公式のノベライズとはいえ、悪の貴公子の素顔を隠したヴェールを剥ぎ取って白日の下に晒そうとすることに対して、拒絶反応を起こす読者もいるはずだ。しかし西尾維新は原作のイメージを損なわず、ディオに十分な小説の身体を与えている。特に、ジョナサンとの間で一旦は争奪戦を繰り広げたこともあるヒロイン、エリナ・ペンドルトンに母の面影をはめこみ、脇役のはずの人物に大きな意味を与えたのは巧い。ノベライズならではのふくらませ方だ。ディオの視点からジョースター一族を相対化してみせたことも、以降のシリーズと整合性を持っている。
 長く続いている作品の宿命として『ジョジョ』にも数々の矛盾が存在する。その大きなものの一つに、第1部でディオはどうやって窮地を切り抜けたのか、という問題がある。これに西尾は正面切って取り組み、ミステリー的な論理の操作によって合理的な「解」を導いているのだ。こうしたマニアならではの遊びが随所に見られる。ファンの方はぜひ第1、3部の原作を再読してから本書を手に取られたい。

 なお本書は、JUMPjBOOKSが贈る小説プロジェクト“VS JOJO”の一環として書かれたものだ。最近の『ジョジョ』小説化作品としては、20周年の2007年に乙一による第4部のノベライズ『The Book―jojo’s bizarre adventure 4th another day』が出ている。今回はそれに続く25周年の企画ということになる。第1弾として登場したのが、上遠野浩平による第5部のノベライズ『恥知らずのパープルへイズ』だ。

 第2弾が本書である。西尾は過去にも『DEATH NOTE』(大場つぐみ・原作/小畑健・作画)のスピンオフ作品であるオリジナル小説『DEATH NOTEアナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件』を手がけている(同作は謎解きミステリーとしても大胆な手を使った秀作だった)。漫画世界を小説に置き換える作業には定評があるのだ。本年中にはプロジェクト第3弾の作品が刊行予定であり、舞城王太郎が手がける。

左から『The Book jojo's bizarre adventure 4th another day』『恥知らずのパープルヘイズ』『DEATH NOTEアナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件』

 

 『ジョジョの奇妙な冒険』は、忍法帖小説に起源を持つ異能者同士の対決ゲームを現代型のエンターテインメントとして完成させるなど、新たなマスターピースをいくつも生み出した、洗練の極みともいうべき作品だ。当然、活字の分野を主戦場にしている作家にも有形無形の大きな影響を与えている。こうしたノベライズの試みによって改めて明らかになる事実もあるだろう。ライターズ・ライターが刻んだ足跡は大きいのである。

すぎえ・まつこい 1968年、東京都生まれ。前世紀最後の10年間に商業原稿を書き始め、今世紀最初の10年間に専業となる。書籍に関するレビューを中心としてライター活動中。連載中の媒体に、「ミステリマガジン」「週刊SPA!」「本の雑誌」「ミステリーズ!」などなど。もっとも多くレビューを書くジャンルはミステリーですが、ノンフィクションだろうが実用書だろうがなんでも読みます。本以外に関心があるものは格闘技と巨大建築と地下、そして東方Project。ブログ「杉江松恋は反省しる!