新国立劇場開場20周年記念公演として新制作上演されるベートーヴェン《フィデリオ》がいよいよ開幕する。飯守泰次郎が新国立劇場芸術監督として指揮する最後の公演。演出は作曲家リヒャルト・ワーグナーの曽孫であり、バイロイト音楽祭総監督を務めるカタリーナ・ワーグナーだ。初日を5日後に控えた5月16日、新国立劇場内で記者懇談会に出席した。

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《フィデリオ》は、政治犯として捕らえられた夫フロレスタンを助けるために、男装した妻レオノーレが刑務所に潜入するという救出劇。レオノーレの男性としての偽名が「フィデリオ」である。筋書き上は、敵もフィデリオが男だと信じきっているわけだが、オペラを観ている観客の全員が、それが女性であることを知っているという、ちょっとしたジレンマがある。演出上もそこはひとつのポイントと考えているようで、「男装についてみんなが私に質問する。よほど真実味に欠けると受け取られているのだと思う」と笑った。今回は、レオノーレが変装してフィデリオとなるプロセスを見せるという。ワーグナーだけの独創というわけではないが、観客にわかりやすく認識させる一助と受け取ってよさそうだ。昨秋の制作発表会見でも「大きなテーマは、いかに認識するか」だと述べていた彼女。ほかにも、多用されている台詞を最小限にカットすることで、物語の認識をスムーズにするように配慮するという。

その一方で、物語を特定の時代や場所には設定しない。作品のテーマである「夫婦愛」や「自由の獲得」には、いつの時代でも、どの場所でも起こりうる普遍性があるからだ。「すべてに具体性を用意しているわけではなく、ご覧になる皆さんに示唆を与える、考える方向を提案するような演出要素を散りばめてある。最後は間違いなく、皆さんひとりひとりが何かしらを考える余地があるような、オープンな結末になっているので、ぜひ考えていただきたい」

主役を演じるのは、リカルダ・メルベート(ソプラノ/レオノーレ役)とステファン・グールド(テノール/フロレスタン役)という、すでに新国立劇場でもおなじみの実力派のふたり。しかしワーグナーが唯一名前を挙げたキャストは、なんと合唱団だった。作品のどこに一番惹かれるかという問いに対して、「もちろんレオノーレやフロレスタンのアリアも素晴らしいけれども、とりわけ合唱のシーンが好き。そして、この劇場の合唱団はとても素晴らしい。本当に素晴らしくて、合唱シーンがよりいっそう好きになった」と語った彼女。第1幕の〈囚人の合唱〉やフィナーレの合唱など、《フィデリオ》は合唱の役割もとても重要なオペラだ。バイロイト音楽祭総監督を虜にした新国立劇場合唱団。なんとも頼もしい!

新国立劇場の《フィデリオ》は、5月20日(日)、24日(木)、27日(日)、30日(水)、6月2日(土)の全5公演。

取材・文:宮本明