フィリップ・グレーニング監督

フランスのアルプス山脈にひっそりと佇む修道院がある。カトリック教会の中で最も厳格な戒律で知られるカルトジオ会の男子修道院“グランド・シャルトルーズ修道院”。中世から続く同院の内部はこれまでベールに包まれてきた。ドイツのフィリップ・グレーニング監督が手掛けた『大いなる沈黙へ-グランド・シャルトルーズ修道院-』は、その神秘の修道院の扉を開いた1作だ。

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実は監督が修道院に取材を申し込んだのは1984年のこと。本人はこう振り返る。「20代半ば、私は進む道を含め、自身を見つめ直す時期にいました。そのとき、教会の存在が気になり、ふと考えたのです。教会や修道院のあの神聖な空間と時間に身を委ねることで自己を探究するような映画は作れないかと。それから各地の教会をめぐり、特に印象深かったのがカルトジオ修道会でした」。

だが撮影許可は下りず、吉報は16年後に届く。「修道会で出会った人々と継続的に連絡は取っていました。ただ、最初に断られた時点で諦めていて、以後は1度も撮影交渉をしませんでした。その中での知らせでしたから“まさか”でしたよ」。

撮影は1人で臨んだ。最初に頭を悩ませたのはカメラの存在だという。「修道士は1日のほとんどを祈りに捧げ、決まった毎日を送る。わらのベットとストーブのみの小さな房で過ごし、互いの会話が許されるのは日曜の昼食後の散歩の時間のみ。この俗世から隔絶された空間に俗物のカメラを入れるのはあまりに違和感があって。手にしている自分が恥ずかしくなるぐらいでした(苦笑)。ただ、世俗とは関係なく生きる修道士たちは他人にどう見られるか気にしないのでカメラを変に意識することはない。そこに救われたというか。各修道士とカメラを持つ私とが一度きちんと向き合うことで、やっと違和感を払拭できました」。

こうして完成した作品は、修道院の長きに渡り続くかわらない生活と日常をありのまま映し出す。その静寂と沈黙に包まれた時間と空間は不思議と心の琴線に触れる。「音楽もナレーションも照明も使いませんでした。この沈黙の修道院を表すのに必要なかったからです。修道士たちが実際に体験する生活や時の流れを体感してほしい。そのことは自分の生活や時の過ごし方をより強く認識することになるはず。また、自分にとっての大切な時間や場所に気づくことでしょう」。

世界の映画祭で受賞を重ねた本作だが、発表から9年を経ての待望の日本公開。すばらしき沈黙の時間を共有したい。

『大いなる沈黙へ-グランド・シャルトルーズ修道院-』
7月12日(土)より岩波ホールほか全国順次公開

取材・文・写真:水上賢治