保育園開設を通じて地域福祉を豊かに!みんなが“自分事”として考えられる社会を

榎本:これはまだ形になってはいませんが、地域の複数の保育園が連携して、働きたいのに働けない保育士さんたちに、互いにお子さんを預かり合うことで復職してもらえる仕組みづくりなども画策しています。

実は「そらとにじの保育園」の保育士さんを募集した時に、待機児童を抱えている保育士さんが僕らの趣旨にご賛同くださってお問い合わせをくださいました。聞けば彼女のお友だちにも「子どもの預け先が確保できれば保育士として復帰したい」という方がいらっしゃるそうで、ここにも介護事業に重なる問題があると感じたんです。相互の預け合いの取り組みはすぐに実現することは難しそうですが、待機児童対策の一手になると思います。

――対策が、次々と生まれていますね!榎本さんの手腕には脱帽ですが、ご苦労などはありませんか。

榎本:いやいや・・・(笑)。

もちろん、大変なこともなくはないです。

保育園の土地探しでも、門前払いみたいなところもありましたし。「そういうの困るんだよね」って眉をひそめられて「そういうのって何ですか」って聞いたら「ただ人と人とをつなげて、後でトラブルになったりするヤツ」って言われて、カッチーン!とか(笑)。

――榎本さん、顔は笑ってますけど、目は怒ってますね・・・。

榎本:だって、誰だって人にちょっとぐらい迷惑を掛けたり人の手を借りて生きてきただろうに、まるで“他人事”だっていうのが悲しいじゃないですか!

世の中全体がいま、子どもを産んで育てることが「申し訳ない」みたいな空気になっていますよね。職場で産休や育休を取るというのが言いづらいとか、ありますよね。

ほんとは、みんなが喜ばしいことなのに。

なんかもうちょっと、みんなで喜べたらいいんじゃないかなって思うんです。

会社としても「心配することないから、ボンボン産みなよ!」って環境をつくれたらうれしいです(笑)。

――(笑)

榎本:「そらとにじのいえ保育園」という名前には、空のようにのびのび、虹のようにそれぞれ個性的な子どもたちが育つように、という願いを込めました。

最後の最後に自分の話になってしまいますが、僕は学生時代、農業大学で途上国支援について勉強していました。

それで海外への渡航費用を稼ぐために、どうせするなら人の役に立つことをと思って介護のアルバイトを始めたのですが、卒業間際にはものすごい人数の障害のある方にお世話になるようになっていまして。皆さんを置いて途上国へ行くのが本当にいいことなのかな、と感じたのが介護事業を立ち上げるきっかけだったんですね。

介護の現場にある者として率直なところを言ってしまえば、高齢者が増えて子どもが減って、さらに担い手不足は顕著になっていくと思います。

じゃあロボットに任せればいいのかといえば、やはり人間がやらなきゃならない部分もある。

話が逸れていくようで恐縮なんですけど、では人材をどこに求めるかといえば海外しかない。

そうするとどうしても英語を母語とする国々や給料が高い国が圧倒的に誘致しやすくて、非英語圏のドイツなんかは積極的にアプローチをしているんですが、日本は「だって途上国の人たちはみんな日本に来たいんでしょ?」くらいに構えていて、永住権も取りづらい。

移民に対する考え方を他国から学ばないといけないと思います。

そしてゆくゆくは「まごころ介護」でも、途上国からの介護人材誘致に関わっていけたらと思っています。

話が大きくなっちゃったように聞こえるかもしれませんが(笑)。

自分に関わってくれる人たちの未来を考えていくと、介護を必要としている人と、そこで一緒に働く人が無理なくやっていきながら、子どもたちも、地域も笑顔になることが欠かせない。つまるところそれが僕の結論であり、原動力なんです。

僕らの活動を応援してくださる方には、感謝の気持ちしかありません。実は先日もあらためて園周辺地域の皆様に説明会をさせていただいたのですが、激励の言葉をたくさん頂戴しました。ありがたいことです。そんな仲間たちと、共に頑張っていきたい。

繰り返しになりますが、これはほんと、みーんなに、みーんなが関わることですから。「待機児童」も「介護」も、「地域のつながり」も。だからこそ一緒に手を取り合うことで「負のスパイラル」を打破したい。

「そらとにじのいえ保育園」を新たなきっかけに、地域福祉の豊かな社会を一歩一歩、目指していきたいと思っています。

【取材協力】榎本 吉宏(えのもと よしひろ)さん

「私のおじいちゃん、おばあちゃんを安心して任せられる“孫心の介護”」をコンセプトに2007年、東京都世田谷区で「まごころ介護」を創業し、現在も代表を務める。

兼「そらとにじのいえ保育園」経営代表。「そらとにじのいえ保育園」は当初、区内に多く存在する空き家を活用する方向性でスタートしたため「一般財団法人世田谷トラストまちづくり」が主催する「空き家活用ゼミナール」プレゼンテーション審査にも参加し、企画の社会的意義が高く評価され最優秀団体にも選ばれている(その後、児童への最良の環境を求め新築物件で開業することになるが、この選考をきっかけに支援・賛同の輪が広がったとか)。

そのほかにも地域社会の福祉を豊かにする取り組みとして、区からの委託を受けて就労困難者の就労支援事業を行う「ぷらっとホーム世田谷」と「世田谷区立男女共同参画センターらぷらす」が共同で開催した「ママさん応援ジョブフェア」に出展し複数名を雇用する等、積極的な活動を展開している。プライベートでは4児のパパでもある。

15の春から中国とのお付き合いが始まり、四半世紀を経た不惑+。かの国について文章を書いたり絵を描いたり、翻訳をしたり。ウレぴあ総研では宮澤佐江ちゃんの連載「ミラチャイ」開始時に取材構成を担当。産育休の後、インバウンド、とりわけメディカルツーリズムに携わる一方で育児ネタも発信。小学生+双子(保育園児)の母。