波乃久里子 波乃久里子

波乃久里子が東京・三越劇場の8月「納涼新派公演」で久保田万太郎が描いた人情物語『螢』のとき・しげ(二役)に初役で挑む。本作は昭和初期の浅草界隈を舞台に、男女の機微を描いたもの。新派では、名女形として活躍した花柳章太郎が1941年にとき・しげの二役で初演、1964年に当り役のひとつである花柳十種に選定された。1983年には坂東玉三郎のとき・しげ(二役)、中村吉右衛門の重一で上演され、大評判をとった。今回、31年ぶりの上演となる本作への意気込みを波乃に訊いた。

納涼新派公演 チケット情報

「昭和初期の時代をちゃんと作って、それを再現できるようにしたい」と話す波乃。一方で「虚構の世界」だとも。「ある意味マニアックな世界ですね。セリフひとつとっても下町の人が使う?というような文学的な言葉、まるでフランス語ね。だから久保田先生の作品をやると私みたいな人間は利口になった気分になれるの」と笑う。今回、『螢』を上演すると聞きつけた中村屋・最古参の歌舞伎俳優中村小山三が「“鳥越”は“とりこえ”よ。“とりごえ”って濁っちゃだめ」とわざわざ電話をかけてきたというエピソードを明かす。「濁る言葉はよくないんですって。久保田先生の言葉は美文です。それを面白く、退屈させないように超リアリズムにみせなきゃいけない、そこが役者の腕なんですよ」。

物語は東京の下町に暮らす錺(かざり)職人・重一とその妻よし子、重一の弟分・栄吉とその妻ときが中心となって展開する。ときは元は重一の妻だったが、彼が刃物沙汰で刑務所に入ることになり離縁。ときの身を案じた重一は弟のように可愛がっていた栄吉と再婚させてやって欲しいと親方に頼み、その望みは叶う。一生刑務所暮らしを覚悟していた重一だったが、恩赦もあり5年で出所。親方の配慮でよし子と再婚したが、いつしかしげという情婦のところに入り浸るようになり……。

二役を演じる波乃のほか、新派初参加の永島敏行が重一を、歌舞伎俳優の市川月乃助が栄吉、新派の伊藤みどりがよし子を演じる。

明治時代に生まれ、当時の人情や風俗を取材した作品を通して日本人の情緒や心のひだを丁寧に描いてきた新派。だからこそ「新派にしかできないことをやりたい」と力を込める。「畳や火鉢や縁側のある生活っていまはなかなか無いでしょ?そういう世界も含めて残していきたいんです。特に私は(上演機会の多い)樋口一葉と久保田先生の作品が大好き。先生とは3年くらいご一緒したんですけど、一番怒られて、一番可愛がってくださって。今でも先生のことは懐かしいですし、天国で褒めてもらいたいですね」。

公演は8月7日(木)から28日(木)まで三越劇場にて。『螢』のほか、男女が織りなす騙し騙され合いの傑作喜劇『狐狸狐狸ばなし』の二本を上演。チケットは発売中。