先日、仕事のついでに実家に立ち寄ったのだが、母と会話していて以前より声が大きくなっていることに気がついた。1年に1度しか帰省しない親不孝者の分際で注意するのは引け目を感じたので、そのときは何もいわなかったが、あとになって「ひょっとすると難聴?」と心配になった。母は来年で還暦を迎える。難聴になるにはまだ早い気もする。「餅は餅屋」ということで、補聴器メーカーであるオーティコン補聴器に相談してみた。

聴力は40代後半から低下 自覚できない理由とは

―― 加齢に伴う難聴はだいたい何歳くらいから兆しがでてくるものなのですか。

渋谷 個人差はありますが、聞こえは40代後半から徐々に落ちてくるとされます。聞こえの低下は痛みを伴わないこともあり、本人ではなかなか自覚しにくいのです。聞き返す声が大きくなったり、テレビの音量を上げすぎていたり、周囲が先に気がつくことも多いです。

―― 思っていたより若い年齢で症状が出てくるんですね。それにしては、対策をとっている人は少ない気がしますが。

渋谷 日本では補聴器に対して「年配の方が使うもの」というイメージが強いです。年を重ねた方は、「聞こえが悪くなるのは仕方ない」とあきらめてしまわれる方も多いようですね。

私たちは耳で音を聞き取りますが、音の持つ意味を理解しているのは脳の働きです。また、脳の働きは実に優秀で、耳で聞き取れなかった音響情報を文脈などから推測して補う力があるので、聞こえが多少落ちても、そこまで生活に支障は出ないのです。ただ、脳にはそれだけ負荷がかかります。おそらく聞こえが低下した方は健聴だったときより疲れやすくなったと感じているはずです。

難聴の放置はさらに大きなリスクを招く

―― では、難聴は脳にも悪影響を与えると。疲労以外の症例にはどんなものがありますか。

渋谷 さまざまにありますが、最近の研究で明らかになったのは「認知症」にもつながる可能性があるということです。医学の世界で国際的に権威がある英国ランセット委員会による調査では、予防可能な認知症リスクとして、45~65歳の中年期では高血圧や肥満を抑え、難聴が第一の要因としてあげられています。

―― 難聴より恐ろしいですね……。なぜ難聴と認知症が結びつくのですか。

渋谷 難聴になると音が聞こえづらくなるだけではなく、脳に届く音の質が低下します。脳への刺激が不十分となり脳に届く情報が限られてくると、それに合わせて脳の機能が変化することがあると言われています。

最近の研究では、聴力の低下を放置しておくと視覚などほかの感覚を司る脳領域が、本来ならば聴覚を処理していた領域に取って代わることが報告されています。これは、脳の可塑性と呼ばれる現象であり、喪失したほかの感覚を代償しようとする脳の傾向を反映したものです。

そして、この脳の変化が人間の行動にも変化をもたらす可能性があります。聞き取りに多くの努力が必要となるために疲労を生じ、特に騒がしい環境で人との交流を避けがちになり、ひいては社会から孤立してしまうこともあります。このようにして他人との社会的な関わりが減少すると、認知機能の低下が加速するという研究結果もあります。

聞こえと認知症の因果関係はまだはっきりと解明されているわけではありませんが、このように近年発表されているさまざまな研究結果から、当社では「聴覚ケアはヘルスケア」であると考えています。

恐ろしい話ではありますが、逆にいえば気をつけることが予防になるということです。ランセット委員会のレポートでも、認知症にならないためのポジティブな方法として補聴器の使用などが例にあがっているのです。

集音器を試して、補聴器は試さず 医療機器ゆえの機会損失も

―― 補聴器についてあまり詳しくないのですが、集音器とはどう違うのですか。

渋谷 補聴器は医薬品同様に薬機法の下で認証をうけた「管理医療機器」ですが、集音器にはそのような規制はありません。目的は似ていても性能には大きな差があります。

集音器では単純に音の増幅機能が主要な特徴になります。問題は、聞こえづらさや難聴に対しては、音量が唯一の問題ではないということです。音の増幅と併せて、騒音があってもより明瞭に音が聞こえること、会話が理解しやすい形で耳に届くことが重要です。

ただ、補聴器は医療機器であるため、まずは耳鼻科で検診を受け、ご自身の聴力や健康状態を把握いただくことが大切です。また補聴器専門スタッフのいる販売店で使用方法を含め十分な説明を受けてから購入いただきます。集音器は家電量販店や通販で手ごろな価格で手に入るので、そちらを使って「使えないじゃないか」と補聴器を試さずに終わってしまう場合もあります。

―― 誤解から機会損失が発生しているわけですね。

渋谷 とくに最新の補聴器は格段に進化しており、目立たないだけでなく、より楽に聞くことができます。従来補聴器では、騒音のある場所で横や後ろからの声を聞くことが困難なことがありましたが、360°からの声を拾うものが登場しています。

オーティコンが販売している「Opn(オープン)」は、騒がしいなかでの聞き取りの問題を新技術で解決した全方位型の補聴器で、周囲の音響情報を瞬時に分析し、「音声」と「ノイズ」を区別して、必要な情報を届けるという仕組みで音を聞く「脳」の働きをサポートしています。

うるさい環境では主に前方向からの聞こえを届ける指向性技術ですと、使用者は目の前で会話をしている一人の人の声しか聞こえませんでした。しかし、実際は後ろから人に声をかけられているかもしれないし、隣に座っている人が重要な話をしているかもしれない。また、その場の環境音は耳に届かないなど従来の補聴器には限界がありましたが、OpnはこのOSNとこれを支える先進チップの持つパワーでより自然な聴こえ方聞こえ方がします。

―― ハイテクに進化しているんですね。見た目もずいぶん小さくて驚きました。オーディオ用のイヤホンといわれても分かりません。

渋谷 われわれは“ブレインヒアリング”と呼んでいますが、音は耳ではなく脳で聞いています。Opnは小型ですが、中には11コアのチップを搭載しており、脳の聞く働きを補助する役割を担えるだけの高速処理能力を備えています。結果、脳の疲れやすさを20%軽減、会話の理解を30%向上、会話の覚えやすさを20%向上したという研究成果もあがっています。

―― 疲労軽減だけでなく、会話の理解や覚えやすさも向上するのはなぜですか。

渋谷 人が会話を交わすには、聞かれた内容を一時的に脳にとどめ、その答えを返しています。Opnによって会話をより楽に聞き取ることができると、従来「聞き取ること」に費やしていたリソースを、会話の内容を「覚えておくこと」に使う余裕が生まれます。

また、Opnに搭載されたOSN機能の効果を調べたある試験では、OSN機能無効時で20%しか会話の内容を聞き取れなかったレストランなどの騒音が大きい場所で、OSN機能を有効にした場合に約75%まで会話の聞き取りを向上させたという研究結果もあります。Opnによってまた一歩、健聴者の方の聞こえに近づいたといえます。

―― 本人あるいは家族が「難聴かもしれない」と思ったときは、まずどのようなアクションを起こすべきですか。

渋谷 最近はインターネットからご自身で検索される方も増えています。最初の一歩は医療機関で検診してもらうことですが、その前のクッションとして難聴や補聴器について下調べしていただくことで、何が起きているのかを理解でき、気の持ちようが少し変わってくるかもしれません。

また、家族の方も補聴器の役割や聞こえづらさを抱えた方とのコミュニケーション方法について正しい知識をもつことで、心に余裕をもってサポートしていただくことが重要だと思います。

―― 当事者だけの問題ではないということがよく分かりました。本日はありがとうございました。