『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』(C)2012 Queen of Versailles, LLC. All rights reserved.

思いがけないものが撮れてしまった! ドキュメンタリー映画『クィーン・オブ・ベルサイユ…』のスタッフは間違いなくそう思っただろう。

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企画意図と違う方向に転がって、誰も予想しなかった映画ができた。その意味では超大作が大コケする様を目撃した『ロスト・イン・ラマンチャ』や、被写体が末期ガンと診断されてあっけなく逝った『ニューヨーク・ドール』に近いかも知れない。

タイトルこそ“ベルサイユの女王”だが、アメリカ人の大富豪デヴィッド&ジャッキーのシーゲル夫婦の物語である。なぜ“ベルサイユ”かと言うと、夫妻がベルサイユ宮殿を模したアメリカ史上最大の超豪華マイホームを建てようとしたからだ。

7人の子供がいて、膨大な家事をメイドチームが取り仕切るシーゲル家だが、いくらなんでもベルサイユ宮殿級の家はデカすぎる。しかしデヴィッドは「可能だから建てた」とうそぶく。監督のグリーンフィールドも、途方もないアイデアに密着してアメリカンドリームをテーマにした作品に仕上げるつもりだった。

ところがリーマン・ショックで事業が傾き、“現代のベルサイユ宮殿”を建てる計画は中断。自慢のブルジョアライフもどんどん破綻していく。メイドを解雇したせいで家の中は散らかり放題&犬のフンだらけ。金策に追われる夫はイライラを家族にぶつけ、贅沢が染みついた妻は浪費を止めることができない……。

人の不幸は蜜の味。勘違いセレブの転落劇がオモシロすぎ! と書ければラクだが、実はそんなに単純ではない。言わばシーゲル夫妻は中流以下からカネをむしり取り、政財界に影響を与える超富裕層にのし上がった“庶民の敵”。ところが彼らは家族のピンチに際して、驚くほどあけすけに自分たちを晒し、予想もしなかった思いやりや助け合い、苦況に立ち向かう勇気を見せるのだ。

ピントのズレた常識知らずの成り上がり。そんな先入観はあてにならない。彼らはわれわれ庶民と地続きの人間なのか、それとも搾取側の1%なのか? その答えは提示されないが、シーガル夫妻だけでなくわれわれの思い込みまでブンブンと振り回し、ほんの少し世界の見方を変えてくれる。そんな映画である。

『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』
公開中

文:村山章