アリス=紗良・オット 撮影:源 賀津己 アリス=紗良・オット 撮影:源 賀津己

アリス=紗良・オットが今度のリサイタルで届けるのは、「日の入りの直後、闇と光の世界が混ざり合う時間」をイメージした濃密なプログラムだ。

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「英語では“ナイトフォール”。日本語だと、夕暮れや宵の口などいろいろな表現がありますが、私が一番イメージに合うと思うのは“大禍時(おおまがとき)”という言葉。魔物が現れやすいといわれるミステリアスな時間です。人間にも光と闇があり、時にはそれが混ざって境目がなくなる、それが人間のナイトフォールです。今回はドビュッシー、ショパン、サティ、ラヴェルから、そんな闇と光の世界を探るような作品を選びました」

ドビュッシーの「月の光」という有名曲についても、彼女は「単にきれいな月の光でないもの」を感じているという。「インスピレーションの源といわれるベルレーヌの詩には、幸せそうな仮面の下に逆の顔を隠した人間の姿が描かれています。詩を読んで、以前からこの曲に感じていた裏の部分はこれだったのだと再確認しました」

一見瀟洒でシンプルなサティの作品でも、隠された意味を探っている。「例えば《グノシエンヌ》は、楽譜に書かれた指示が少ないのですが、かわりに”頭を開いて”とか”舌にのせて”など謎めいた言葉が書かれています。まるでピンク・フロイドの歌詞みたい。解釈に可能性があっておもしろいんです」

一方、より具体的に闇の世界が描かれた「夜のガスパール」についても、ラヴェルが着想を得たベルトランの詩の世界を知ることで理解を深めた。「この組曲には、人が感じる全ての恐怖が含まれています。例えば芸術家に噛み付いて血を吸う小悪魔《スカルボ》は、私の考えでは、芸術家が壁にぶつかり、失敗への恐怖に苛まれ、自分の中に作り出してしまう悪魔なのではないかと。でも、そんなスカルボも日が昇ると消えてしまうんですよね」

そして、これらフランスものに合わせるのは、ショパンのノクターンとバラード第1番。「ショパンが作品を通して描いたのは、派手なドラマではありません。表情を変えないままに涙が頬を伝って流れている。そんなイメージです」

今年30歳を迎えるアリス。デビュー時とは違った、しっとりた作品や物語のあるプログラムを好むようになったという。「この10年、いろいろなことがありました。一歩進むごとにさらに高い壁にぶちあたる。経験を重ねた分それをより実感するようになりましたが、それでも20歳の時より今のほうがいい。30代が楽しみです」

自分は「ポジティブで単純」だという彼女が、「正反対だからこそ惹かれる闇の世界」をテーマとした今度のプログラム。「みなさん怖がらず、でもある程度の覚悟を決めて(笑)、聴きにいらしてください。演奏を通して何か共感していただけることがあれば、嬉しいです」

公演は9月27日(木)に東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアルほかにて開催。チケット発売中。

取材・文:高坂はる香