次に精神的なストレス。張り込み調査が最たるものですが、現場での調査中は周囲からたくさんの人々の視線にさらされます。今は大らかだった時代とは違いますから、見慣れない人間が住宅街の一ヶ所にずっと立っていればかなりの確率で「あなた、そこで何してるの?」と住人から声をかけられます。

ここでトラブルなく切り抜けるノウハウはどの探偵社でも持っているものですが、やはり精神的にキツいと感じる調査員は多いようです。

尾行・聞き込み調査についても同じで、「他人を追いかける」「他人から話を聞き出す」という行為そのものに違和感をおぼえて辞める人もいました。どれだけ肉体的にタフでも、自分の性格と仕事との相性が合わない人は長続きしません。

また、探偵業法が本格施行される以前は、身分を偽って個人情報をたくみに聞き出す化調(ばけちょう)や、工作員を使ってカップルの仲を破局させる特殊工作など、違法性の高い依頼を多くの探偵社が手がけていました。これは仕掛ける側の人間も精神的なストレスが非常に大きく、直前まで明るく振る舞っていた若い調査員が翌日には「こんなの無理です‥」と言い残して辞めていったりしました。こうして去っていく人を責めることはできず、むしろ合法でない調査手法が常態化していた探偵業界が異常だったと言えるでしょう。

最後に社会的なストレスについて。上述の話とも関係するのですが、今も昔も探偵業には違法スレスレな調査手法がたくさんあります。「浮気の証拠を得るためにマンション敷地内で張り込む調査」が一例です。この場合は敷地内への不法侵入という違法性が見られますが、同時に住居侵入罪が定める「正当な理由がないのに」という部分が「離婚訴訟のために浮気の証拠を取得する」目的によって一部正当化されています。こんなグレーゾーンを探偵はいつも綱渡りしているのです。

ベテラン調査員ならトラブルになりそうな場面も難なく切り抜けられるのですが、新米調査員だとそうはいきません。声をかけてきた住人、ラブホテル店員、警官などに言わなくていいことを漏らしてしまったり、無言で逃走したり、あげくは暴力を振るったり‥‥。対応を間違えてしまうと警察のお世話になって、本人も上司も社会的ペナルティを受けてしまうことになります。これが負担で辞めていった人も多くいました。

ちなみに新米時代に筆者の教育係だった先輩はかなりアグレッシブな人で、車での尾行中に赤信号で停止すると「なんで止まるんだ!信号無視して追いかけろ!」と怒られたりしました。業界全体として遵法精神の足りていない人は少数ではなく、そんな社風のところで働く調査員は常に社会的なストレスにも晒されていると言えます。

ここまで悪条件での労働を強いられても給料が高いわけでは決してなく、筆者の知っている範囲ですと未経験者の初任給が20万円を超えるところはまずありません。某有名フランチャイズの探偵社では、年齢に関係なく基本給15万円スタートだと(複数の元従業員から)聞いています。高い時給を払っても人材不足という飲食業界のボヤきは、探偵業の経験者からすると贅沢すぎる悩みに感じます。この激務でも薄給な「経済的ストレス」も考えたら四重苦になりますね‥‥。