葛河思潮社『背信』 葛河思潮社『背信』

演出家で劇作家の長塚圭史が2011年に立ち上げたソロ・プロジェクト「葛河思潮社」。これまで3年連続で昭和の劇作家・三好十郎の作品(2011年/2012年『浮標』、2013年『冒した者』)を上演し、大絶賛を集めてきた。旗揚げ4回目となる今年の上演作品に選んだのは、2005年にノーベル文学賞を受賞したイギリスを代表する劇作家、ハロルド・ピンターの傑作戯曲『背信』だ。

葛河思潮社『背信』チケット情報

登場するのは、ひと組の夫婦(ロバートとエマ)と、夫の親友である男(ジェリー)の3人。妻のエマはジェリーと不倫関係にあり、夫のロバートもまた外で不倫をしている。

これだけでもすでにねじれた三角関係なのだが、この物語ではさらに、「別れから出会いへ、時の流れが過去に向かってさかのぼっていく」という不思議な時間構造が加わる。これによって記憶や認識のすれ違いが浮き彫りになり、もはや何が真実で何が嘘なのかが判別できず、観客の頭を揺さぶる極めて曖昧で不確かな物語に仕上がっている。

「例えば私が演じるエマという女性には、ジェリーと不倫関係を続けている期間に子どもができるんですが、それが誰の子なのか、戯曲にはハッキリと書かれていないわけです。でも多分、エマは父親が誰なのかをわかってると思う。社会的には決して許されない行為だけど、エマはエマで覚悟を決めてやってると思うし、実際、現実世界ではこういうことも起こり得るわけですよね。そういう生々しさを劇世界に持ち込んでいるという点で、この『背信』は恐ろしい作品だなと思います」(松雪泰子)

このように、誰が誰をどのように裏切っているのか、この物語ではあまり明確に提示されることはない。しかし、表情や仕草、セリフの片隅などに多種多様なヒントが隠されていて、「ということは、さっきのシーンはこういう意味だったの……か!?」と何度も解釈を新たにさせられる。戯曲では説明されていない部分が多い分、演者はその背景まで徹底的に想像力を張り巡らせ、セリフやアクションをひとつずつ丁寧に作り込んでいるという。

「僕が演じるジェリーは、基本的に忘れっぽい男なんです。だから記憶のズレをめぐってたびたびエマに責められるシーンがあるんですが、僕自身も似たようなタイプなので、その場面が来るたびにドキッとさせられます。それがジェリーとしてなのか、僕自身としてなのか、もはや自分でもわからないんです(笑)」(田中哲司)

役と個人の境界線すら曖昧にしてしまうとは……。「事実は小説よりも奇なり」とはよく言うことだが、その奇なる事実を物語の中にそのまま持ち込んだことで、実に不思議な手触りの作品になっているようだ。

舞台『背信』の上演は9月10日(水)からKAAT神奈川芸術劇場大スタジオ、9月18日(木)から東京芸術劇場シアターイーストにて。一流の俳優陣が本気で挑む、真に“リアル”な大人の不倫劇。ぜひお見逃しなく!

取材・文:清田隆之