『イヴ・サンローラン』 (C)WY productions - SND - Cinefrance 1888 - Herodiade - Umedia

フレンチ・ファッションのアイコンであるデザイナー、イヴ・サン・ローランの伝記映画というと、どんな作品を想像するだろうか。きらびやかなコレクションに彩られたファッショナブルな映画、あるいは伝説的なデザイナーの光と陰を描いたドラマティックな作品か。だが本作はそのどちらに偏るものでもない。たしかに類い稀な才能を発揮する一方で、ドラッグと酒と夜遊びにふけったサン・ローランの人生は、そのまま映画にできるほど刺激に満ちている。だが監督ジャリル・レスペールはあくまでサン・ローランと、彼の生涯のパートナーで片腕でもあった実業家、ピエール・ベルジェとの関係に焦点を当て、それがこの作品に普遍的なテーマをもたらしている。それはホモセクシュアルの恋愛でも著名なスターの恋愛遍歴でもなく、ただふたつの魂の情熱的な出会いと、その避けられない力関係が生み出すどうしようもない孤独――つまりは絶対的な存在に惚れてしまった者の苦悩を描いているのだ。

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映画は若きサン・ローランが当時オートクチュール界に君臨していたクリスチャン・ディオールに弟子入りした直後、ディオールの急死を機にわずか21歳でブランドを引き継ぐところから始まる。やがてベルジェと運命的な出会いを果たし、彼の援助によって自身のブランドを立ちあげ、数々の成功を納める。この時代はあきらかにベルジェの方がサン・ローランに引きずられている。ベルジェにとってサン・ローランは決してその前を歩くことのできない、神に等しい存在だ。だがこの神は精神的に脆く、エキセントリックで浮気性という困った性格。そんな彼をまるごと受け入れようとするベルジェの姿が痛々しい。もちろん、サン・ローランもベルジェを必要としていたからこそ、その関係は続いたわけだが、力関係が逆転するのはもう少し後の話となる。

サン・ローランの生き写しのような新星ピエール・ニネの、そこはかとない色気漂うエレガンスと、ベルジェ役のギョーム・ガリエンヌの抑えた演技が秀逸だ。視線やちょっとしたジェスチャーに表れる感情は、ときに言葉以上に観る者の胸を打つことを教えてくれる。

『イヴ・サンローラン』
公開中

文:佐藤久理子

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