(左から)ツァイ・ミンリャン監督、リー・カンション

台湾が世界に誇る巨匠ツァイ・ミンリャン監督と、その作品世界を体現し続けてきた俳優のリー・カンション。20年以上続く二人の盟友関係が生んだ作品群は、世界の映画界に確かな足跡を残してきた。最新作『郊遊<ピクニック>』は、そんな二人の共演が見られる“最後の映画”になるかもしれない。

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現代の台北を舞台にした本作は、水道も電気もない空き家で暮らす名もなき家族の物語。劇中、リー・カンションはサンドイッチマンとなって日銭を稼ぎ、幼い息子と娘を育てる父親を見事に演じ切った。「いつも監督からはこう言われます。“自然体で”と。今回も演技をしている痕跡を残さない、また演出の痕が残らない演技を心がけました」。その演技を監督はこう評する。「あの自然な佇まいは単なる修練では出せない。彼が育んできた人生の経験があってはじめて出せるもの。ほんとうに彼はすばらしかった」。

主人公の父親の姿からくっきりと浮かびあがるのは、監督が常にテーマに掲げてきた“現代”と“孤独”にほかならない。その一方で、無邪気な子供たちからは“自由”や“希望”といったキーワードが浮かび上がる。監督はこう言う。「経済優先の現代社会は“闇”が存在する。一方でいつの時代も変わらない“光”がある」。

独創的なドラマ、目が釘付けになる驚異的な長回しのラストシーンを代表する刺激的な映像手法など、とにかく本作は映画ならではのパワーがみなぎる。ただ、本作で監督が引退を表明と昨年のヴェネチア映画祭で報じられた。まず、長年、主演を務めてきたリー・カンションにこのことは事前に伝えられていたのだろうか?「実は僕もヴェネチアで報じられたとき、初めて知ったのです(笑)。正直驚きましたが、納得する面もありました。というのもここのところ監督は体調が思わしくない。今回の撮影で、僕は車で深夜に監督を2回病院へ緊急搬送しました。それらを考慮しての決断だと思います」。

監督自身は引退の真意をこう明かす。「僕は(取材を受けた記者に)こう答えました。“映画館で上映する映画は今回が最後になるかもしれない”と。台湾も含め現在の世界の映画配給システムはビジネス至上主義過ぎで、私のようなタイプの作品は映画館で上映する機会も興行も大変な困難を強いられる。この状況に対してひとつの問いを投げかけたかった。ですから、作品は今後も発表していきます。ただ、美術館など映画館以外で発表していくことになるでしょう」。

『郊遊<ピクニック>』
公開中

取材・文・写真:水上賢治