あ、ここですね。

ーー「役をやるのは寺脇康文と宮澤佐江だけど、登場人物の鳴沢と紗良はふたりの結末を知らない。だから、板の上に立ってみての生き方でいいんじゃないかな」と、寺脇さん。

そうなんです。寺さんが話してくれたことは、本当にそうだなと思いました。

演劇は、毎回が生で、1回、1回を残すことはできないもの。

経験がないので、あまりよくわからないのだけど、ドラマや映画は、作品としては残るけど、役者本人がその台詞を演じるのは1回きりだと思うんです。

NGがなければ、同じ台詞で演じるのは、カメラワークのために、多くて4回くらいやるなのかな? そうしてできたシーンは、映像とか、何かしら後に残ると思うんです。

でも、舞台は違って。舞台で言った台詞は、千秋楽が終わってしまったら、もう一生、言うこともなく、後に残るものでもないから。公演中は、何度も何度も、同じ台詞を言っているのに、残るものはないのが、舞台。

千秋楽が終わったら、また全く同じメンバーで集まることも絶対にない…。それは舞台のさみしさだけど、「出会い」があれば、「別れ」もあるから、それも演劇の楽しさだ、って。

寺さんに言われて、本当にそうだと感じました。

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ーーその話が出た後の回(第37回)では、「48グループを卒業して、やっとひとりで仕事をしていると思えた1年だった」と言っています。

グループを卒業して、ひとりでのお仕事が充実していないと、卒業したとは思えないと、思っていたんです。

卒業した2016年は、『王家の紋章』のほかに、バラエティのお仕事だったり、「おっさんずラブ」のドラマ出演だったりがあって。でも、仕事の量は、グループにいたときと、あまり変わらない感じだったんです。

それが2017年は、舞台と稽古をくり返して4本の作品にたずさわって。「卒業したからこそできることなんだ」って、何度も思えたんです。だから、卒業2年目にしてやっと、「卒業できたんだ」って、実感したんだと思います。

ーー2017年を振り返ったとき、「よくがんばったね、と自分に言える」(第37回)と言っていたのも、それまでの佐江ちゃんからは、なかなか聞けない言葉だったと思います。

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