【日高彰の業界を斬る・19】 (前回より続く)。子ども向けのPCが、ターゲットユーザーである子どもとその保護者から支持される製品になるには、最低限のスペックで良いのかという議論以外にも、子どものPC活用スキル、ひいては論理的な思考能力や情報を収集・活用する能力、自発的な学習意欲を伸ばすという、ICT教育のゴールに向けて使いやすい製品になっているかが重要になってくる。前回記事はこちら=https://www.bcnretail.com/market/detail/20180624_65137.html

既存教科に採り入れるという難しい課題

奇しくも、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)が小学生向けに設計・開発した「LIFEBOOK LHシリーズ」を発表した翌日、日本マイクロソフトを中心とした国内PC業界団体・ウィンドウズ デジタルライフスタイル コンソーシアム(WDLC)が、小学校のプログラミング教育を支援する新たなプロジェクトを発表した。その説明会の中で、まさに今、教育現場から業界に対して何が求められているのか、語られる場面があった。

2020年度からのプログラミング必修化を前に、文部科学省、総務省、経済産業省は昨年3月、教材開発やプログラミング教育の普及・推進を目的とした「未来の学びコンソーシアム」を設立した。学校、教育関係者、ICT業界などの民間企業が参画し、行政・学校・産業界が一体となって、プログラミング教育を支援していこうとするものだ。

同コンソーシアムが、活動内容の中でとくに力を入れているのが、プログラミングの学習に関する、活動事例の整理・公開だ。誤解されていることも多いが、プログラミング必修化といっても、小学校に「プログラミング」という新たな教科が加わるのではなく、既存の教科のなかにプログラミングを採り入れ、論理的な思考や問題解決能力を育むことになっている。

私たちがIT機器を利用する際も、(趣味的にその使用自体を楽しむ場合を除いて)機器を操作すること自体に意味があるのではなく、仕事をしたり何かを調べたり、コンテンツを再生・制作したりと、何らかの目的を果たすために使うように、教育現場においても、プログラミングなどPCに触れること自体は目的ではない。

しかしそれだけに、既存教科のなかへどのようにプログラミングを採り入れていくかは、教育現場にとっては非常に難しい課題だ。プログラミングが教科でない以上、教科書は存在せず、プログラミングをどの教科でどれだけ教えるのかは、各学校の判断にまかされており、「あと2年足らずで本当に準備ができるのか」という指摘も後を絶たない。

そこで、未来の学びコンソーシアムでは、全国の小学校で行われたプログラミング教育の事例を集め、その内容に応じて「A分類:学習指導要領に例示されている単元等で実施するもの」から「F分類:学校外でのプログラミングの学習機会」までの6段階に分類。授業、クラブ活動、地域などでそれぞれ実施できる、プログラミング教育の実例として紹介している。ただ、この形での情報発信はまだ始まったばかりで、教育課程内で行う事例として公開されているのは、A分類の4件に限られている。

「バンドルソフト」ではなく「サービス」を打ち出すFCCLの戦略

WDLCの記者会見に招かれた、文部科学省で同コンソーシアムの推進を担当する白間竜一郎大臣官房審議官は、「文科省として『プログラミング教育の手引き』を策定し、コンソーシアムで事例と授業例を準備しつつあるが、ここだけでは限界がある」と述べ、小学校での本格的なICT教育の成功には、PC業界を含めた民間からのさらに具体的な後押しが必要との思いを吐露した。

この課題は学校だけにとどまるものではなく、家庭においても同じではないだろうか。小学生の子どもにPCを買い与える親の多くは、「これを使ってスキルを身につけ、学校の成績を上げてほしい」という気持ちを多かれ少なかれもっているだろう。

実際には先述した通り、プログラミングは教科ではなく、試験で評価されることはないので、通信簿の数字には反映されない可能性が高いが、仮にそのような動機だったとしても、論理的な思考能力や問題解決能力が高まるのであれば、学習の目的は達成される。

ただ、そのように「子どもに学ばせたい」という思いがあっても、学校ですらカリキュラムをまだ模索中というこの段階で、各家庭でどのようにプログラミングを教えていくかに最適解がないのは当然だ。このような状況下で、FCCLが発売する「LIFEBOOK LHシリーズ」は、小学生が家庭でプログラミングを学ぶためのモデル教材としての役割が期待される。

需要にこたえるため、FCCLでは小学生ユーザー向けの学習支援サービス「FMVまなびナビ」を開始する。タイピング、学校教科、英会話、プログラミングなどの学習教材をオンラインで提供。保護者は教材探しに悩むことなく、PCを通じた「学び」を子どもたちに届けることができる。

これらの教材は「バンドルソフト」ではなく、製品とは別個の「サービス」として有償で提供される。国内メーカー製のPCでは、製品の価値を高めるためにアプリケーションソフトをバンドルするケースが多かったが、有償サービスとして追加料金を取ることからもわかるように、FMVまなびナビは決して“おまけ”的な要素ではなく、PCを学習にしっかり活用したいと考える家庭をターゲットにしている。

同社の製品発表会でも、「子どもが楽しいと思いながら学べること、成長していくことが大切」「途中でいやになってしまうことのないよう、ツールやサービスを充実させている」と、ハードウェアの仕様だけでなく、豊かな学習体験を得られるソフトウェアやサービスの設計にも力を入れたことが強調されていた。

ただ、国内PCメーカー各社は、製品のリリース時には差別化要素としてサービスを大々的に発表しながら、実際には利用が進まなかったとして、そのサービスをわずか2~3年で終了してしまうことも少なくなかった。せっかく丈夫で長持ちするハードウェアがあっても、ハードの寿命を迎える前にサービスが終了してしまってはユーザーは幻滅だろう。

富士通から独立した事業体となったFCCLは、顧客のニーズに寄り添った価値の高いサービスを創出し、ハードウェアメーカーという枠にとらわれない、新たなビジネスに取り組んでいく方針を示している。

これから2020年に向けて、プログラミングを中心としたICT教育のあり方をめぐる議論は、より具体性を増してくる。教育現場で生まれる最新の知見を取り込みながら、子どもたちが「PCで学ぶこと」の楽しさや喜びを感じられるサービスを実現できるか。PCのハードウェア設計よりも難しいチャレンジかもしれないが、スペックではなく「子どもの可能性を広げられる」ことを製品の価値として訴求するのであれば、優れたサービスの継続的な提供は必須といえる。(BCN・日高 彰)