中国EC大手のアリババグループが出資する「盒馬鮮生」

【日高彰の業界を斬る・20】 中国都市部で店舗を増やしている生鮮スーパー「盒馬鮮生」(Hema Fresh)が、昨年ごろから日本でも話題になっている。米国ではアマゾンがスーパーのホールフーズを買収したことが大きなニュースになったが、盒馬にも似た構図があり、同社には中国のEC最大手アリババグループが出資している。なぜ注目されるのかを知るため、上海の店舗を訪れてみた。

ECの豊富なコンテンツを売り場に反映

店内に足を踏み入れた第一印象は、日本の食品スーパーとそれほど異なるものではなかった。確かに、生けすで泳ぐ鮮魚をその場で調理してくれるサービスや、アリババのモバイル決済サービス「Alipay」専用のセルフレジなど、物珍しさが感じられるコーナーもあったが、驚くほどではない。品揃えは買い得感よりも上質さを重視している印象で、日本で言えば「クイーンズ伊勢丹」のそれに近い。

商品の横には、電子ペーパーを利用したプライスカードが掲示されている。商品名や価格に加えてバーコードが表示されており、これを盒馬のスマートフォンアプリで読み取ると、調理方法や関連商品、ユーザーレビューなどの詳細な商品情報を確認することができる。

単に原材料表示のテキストを貼り付けただけでなく、カタログのようにきちんとデザインされた画面が表示されたので、売れ筋商品にはそのような手間をかけたコンテンツを用意しているのかと思ったが、生鮮品からパッケージ商品までさまざまな商品のバーコードを読み取ってみたところ、試した限り、すべての商品で例外なく立派な情報ページが表示された。

アプリ上のコンテンツの充実にこれだけコストをかけている店は珍しい。ここまでできるのは、盒馬がECにも力を入れてるからだ。というよりも、同社ではリアル店舗とECの体験を極力共通化し、オンライン/オフラインそれぞれの長所を融合している。

店内でピッキング作業をする従業員

店内には盒馬のロゴが入った手提げバッグと、ハンディターミナルをもつ従業員が大勢せわしく歩き回っており、同社のECサイトから注文された商品を、店の陳列棚からピックアップしバッグに詰めている。店頭とECで購入できる商品、価格はすべて共通。電子プライスカードで集中管理されているので、店頭とECで価格に相違が発生することはない。

店の半径3km以内を配送対応エリアとしており、同社では「注文から30分でのお届け」をうたっている(現状、実際には30分以上要することもあるようだが)。また、店舗を訪れて気に入った商品をみつけた顧客も、すぐに消費するものでなければ、アプリでバーコードを読み取り、ECのカートに入れれば、後で届けてもらうことができる。

盒馬の特徴を表現するシンボル的な存在が、店の天井に設置されたレール。ECで注文された商品をバッグに詰め終わった従業員は、店内数カ所に用意されたリフトにバッグを乗せる。バッグはレールのハンガーに引っかけられて自動的にバックヤードへ運ばれ、待機するデリバリースタッフに引き渡される。従業員がバッグを運ぶ時間を節約する目的もあるが、天井をバッグが次々流れていく様子を客にも見せることで、「ECでこれだけ繁盛している」とアピールする演出効果も狙っているのだろう。

品揃えも、たくさん売れそうな商品だけでなく、どことなくマニアックなものがそこかしこに並ぶ。日本の商品も多く、愛知県を中心に人気を誇る菓子の「しるこサンド」や、お花見シーズン限定デザインのコカ・コーラがあったのには驚いた。現地では通常のコカ・コーラが4~5元で販売されているところ、この限定品は20元(約350円)。普通のスーパーの売り場に置いても回転が期待できる商品ではないが、ECならレアアイテムを求めるユーザーの検索にヒットするかもしれない。アマゾンのECが急成長したとき盛んに語られた「ロングテール戦略」が思い起こされた。

「盒馬鮮生」の強みとは

リアル店舗とECの体験を統一・融合する「オムニチャネル」や、オンラインからリアル店舗へ集客をはかる「O2O」が提唱されて久しいが、まだまだ価格やポイントプログラムの統一が精一杯で、リアル店舗を訪れる顧客に対し、これまでにない新たな体験を提供できている例は少ない。

盒馬は一見、従来の生鮮スーパーの形をしているが、各店舗はECサイトを現実世界に再現したような機能をもっており、ECの倉庫・物流センターとしての役割のほうが大きいようにもみえる。リアル店舗を長年手がけてきた小売業者がECにも進出したのではなく、むしろECを軸にオンライン/オフラインの完全融合を目指したことで、このような店舗の実現に至ったのだろう。

もちろん、リアル店舗とECで相乗効果を挙げている例は海外の事業者だけでなく、国内でもヨドバシカメラなどはオンライン/オフラインの融合で高い利便性を提供している。ただ、利用頻度の高い日用品の分野でこれだけ高水準のサービスが実現されたインパクトは大きい。アリババと競合するテンセントもカルフールに出資し、WeChat Payを利用したセルフ決済型スーパーの展開を開始した。IT・ネットの勢力によるリアル店舗の改革はさらに勢いを増しそうだ。(BCN・日高 彰)