新国立劇場演劇『ご臨終』稽古場より 新国立劇場演劇『ご臨終』稽古場より

温水洋一と江波杏子が劇団「はえぎわ」のノゾエ征爾の演出の下、カナダの劇作家モーリス・パニッチによる皮肉に満ちたふたり芝居に挑む『ご臨終』。初日まで10日ほどに迫った10月下旬、静かな熱気に包まれた稽古場に足を運んだ。

何十年も音信不通だった叔母からの「もうじき死ぬ」との手紙を受け取り、中年の甥は仕事をやめてまで彼女の元に駆けつけ、共同生活を送ることにするが、彼女は寝たきりながら一向に死ぬ気配がない。やがて、ある驚愕の事実が判明し…。

叔母の寝室というワンシチュエーションで物語は展開するが、生活感に満ちたふたりのやりとりをよそに、セットは「人物をより浮き立たせたい」というノゾエの狙いもあって抽象的な作りとなっている。

本作が“異色の”と表現される最大の要因は、ふたり芝居でありながら、ほとんどのセリフを甥が話し、叔母はほとんど言葉を発しないという点。膨大なセリフを抱える温水はもちろんだが、「病気のため寝たきり」という設定の中で甥の言葉を受け止め、時にスルーし、わずかな動きや表情、視線、そして沈黙でもって感情や寝室の空気を伝えなくてはならない江波の苦労もかなりのものである。

ノゾエは演出席でふたりの芝居を見つめるが、シーンが終わるごとにふたりの元に駆け付け、壇上で3人が細かくディスカッションし、試行錯誤を繰り返しながら作り上げていくという光景が繰り広げられた。

仲が良いとは言えない叔母と甥が、死や老い、孤独といった人生で避けられない現実と向き合うさまを描くが、全体に漂うのはシニカルで辛口のユーモアに満ちた空気。温水は、親から愛されずに育ち、“生きづらい”人生を送る甥を体現しており、明るい口調で葬儀の段取りや棺桶のサイズを決めたかと思えば、急に泣き出したり、というひねくれた情けない中年を文字通り感情豊かに演じる。

そんな彼の姿をも通じて、謎の叔母の姿が浮かび上がってくるが、ふたりの関係性や空気感を伝えるためにノゾエ、温水、江波が徹底的に話し合い、細部にわたって詰めていたのがセリフの間や動作のタイミング。食事に塩を振る動作、ふと顔を上げる瞬間、ちょっとした視線など小さな動きの積み重ねが、独特の空間を作り上げていることが分かる。

やがて判明する衝撃の事実――。人生の終盤を迎えた者たちの哀愁と人間臭さに満ちた静かな空間をじっくりと味わえる舞台になりそうだ。

新国立劇場にて11月5日(水)開幕。

取材・原稿・撮影:黒豆直樹