秘密で楽しんでるものって、誰にでもあると思います

©鶴谷香央理/KADOKAWA

BLをきっかけに出会う雪とうららは、対照的なキャラクターだ。

うららは、同級生のイケてる女子たちに劣等感を感じ、悶々とした日々を過ごす女子高生。

BLが好きだということを共有できる友だちにも恵まれず、押入れのダンボール箱の中に隠しているBLコミックを夜な夜な引っ張り出しては密かに楽しむという、なかなかに暗い思春期を送っている(ちなみに筆者はうららの日常にものすごく親近感を覚えてしまった)。

対する雪は基本的にポジティブ、かつオープンマインドな性格。夫を亡くし、衰えていく自分の体にやるせなさを感じつつ、70歳を過ぎてBLというある種の“未知の刺激物”に夢中になれるパワーを持った人なのだ。

そんな雪との出会いによって、うららは人生で初めて、“同じ趣味を共有できる友だち”を持つことになる。
 

「天真爛漫な人と、素直になれない人の対比みたいなものを描きたかったんです。

私自身はうららちゃんの歳のころ、共通の趣味の友だちがまったくいなかったということはないのですが、そんなに多くはなくて、(この趣味は)みんなに言っちゃダメなのかも……みたいな感覚はありました。

好きなものが一緒なんだってわかるのは、嬉しいことですよね。でも秘密で楽しんでるものって、誰にでもあると思います。私はいまも、というか常にあります(笑)。人には言えないし言う必要もない、自分とだけ向き合っている時間というか、“あたしってこれ好きだよね、うふふ”という(笑)、そういう時間もけっこう大事だし、落ち着きますよね」
 

雪との出会いによって、次第にうららにも変化が生まれていく。昨日まではまったく別の世界を生きていた異なる世代のふたりが、BLを通じてつながり、交わっていく――その過程を、鶴谷さんは微細かつ豊かな表現で描いていく。

その中心にあるのが、ふたりがどんな日々を過ごしているのかが温度感・空気感のレベルで伝わってくる、丹念な日常生活の描写だ。

©鶴谷香央理/KADOKAWA

「キャラクターが生活している感じがわかるように描く、というのは気をつけていますね。逆にそこがないと、なにを描いていいのかわからないかもしれません。

キャラクターを都合のいいようにしちゃうと、描いていても辛いですし。でも、つい(都合よく)しちゃうんですけどね(苦笑)、なるべくそうならないように、感情が自然になるように。

あと、景色をちゃんと描きたい、というのはあります。その人がいる景色、どういう空気感の中にいるのかということが、わりと自分にとっては大事で。

過去の記憶を思い返してみると、もちろん“あのとき、あの人がこう言ってくれた”というようなことも重要ではあると思うのですが、“案外あのときこういう景色でこういう雰囲気だったな”、というようなことの方が自分にとっては重要なんです。その感じは漫画でも描けたらいいなと思います」