フレデリック・ワイズマン photo by Victor Sira

昨年のヴェネチア映画祭で栄誉金獅子賞を受賞したドキュメンタリー映画の巨匠、フレデリック・ワイズマン監督。これまで精神疾患の犯罪者たちの矯正施設からパリの老舗ナイトクラブまで撮影してきた重鎮は、新作『ナショナル・ギャラリー~英国の至宝~』でターナーやレンブラントなどの絵画を所蔵する世界有数の美術館の世界へと足を踏み入れた。

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毎回、通常は扉の閉ざされた場所へカメラを入れるワイズマン監督。聞くと美術館は1度トライしたかった場所だった。「あまりに昔のことでもう忘れてしまったけど(笑)、初めて美術館を訪れたのは中学生のころ。誰かの絵画が好きになったとかではなく、あの空間が好きでよく行くようになった。今も地元のボストン美術館にはよく行くし、海外を訪れた際も近くにいいミュージアムがあれば必ず足を運ぶ。それで実は1度、ある美術館に撮影を申し込んだことがあるんだ。でも、撮影料を要求されてね。私はそういう形で撮影や取材を一切したことがないから断ったんだ。それ以来、話はなく、もう縁がないと思いかけていた」

その遠ざかっていたチャンスはふいに訪れる。「何年か前、旅先で偶然ナショナル・ギャラリーの職員に出会ってね。館長やキュレーターを紹介してくれて、彼らに私の過去の作品を見てもらったら、OKが出たんだ。私の作品は、ほとんどがこんな偶然の出会いから始まっている。人生って不思議だよね。撮影も偶然の積み重ねだ。狙って撮れるものなんてない」

撮影は約12週間、1日12時間も美術館にはりついた。こうして出来た作品は、ミュージアムのスタッフから一般客、開館時間帯から閉館中、ギャラリー内から舞台裏までをくまなく記録。一連の作品同様にナレーションも音楽も使用せず、多角的な視点で捉えた映像のみでナショナル・ギャラリーに流れる時間、人とアートの関係、そこで働く人々の情熱といった美術館の日常そのものを静かに浮かびあがらせる。「私が常に作品のテーマに置くのは“場所”と“そこに集う人々”。そこから見えてくる何かがある。今回もそのテーマに変わりはない」

85歳となった今も新作をコンスタントに発表しているワイズマン監督。今後について100歳を超え現役を続けるマヌエラ・オリヴィエラを例に聞くと「ああいう形で創作を続けられたら理想だ」と語り、力強くこう続けた。「どこまで続けられるかわからないけど、体の続く限り創作を続けていくつもりだよ」

『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』
1月17日(土)よりBunkamuraル・シネマほかにて公開

※取材・文:水上賢治