熊本マリ 熊本マリ

「情熱のピアニスト」熊本マリが、秋恒例のリサイタル「熊本マリの夜会」を10月11日(木)東京・東京文化会館小ホールで開催する。

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長く続けている定例コンサートだが、「親しみやすいから」と、6年ほど前から「夜会」の呼び名で定着している。毎年自分の新しい課題に挑戦する大切な場。今年は「情熱のファンタジー」のキャッチ・フレーズのもと、ショパン、モンポウ、ガーシュイン、アルベニス、そしてシューベルトと並ぶプログラムの底に、「歌」というテーマを潜ませた。「ピアノの詩人ショパンとモンポウから、歌曲王シューベルトまで。言葉の有無にかかわらず、歌の魂によってメッセージ性を伝えたいと思っています。歌というのは人間の本能だし、人によって発音の仕方もスピードも違うから、とても自由な音楽なのです」

メイン・プログラムはシューベルトの幻想曲《さすらい人》。その前に置いた〈ます〉(セレナーデ〉などリスト編曲による歌曲のトランスクリプション集も含め、これまで熊本がシューベルトを弾いているイメージはあまりなかった。「そうかもしれません。大好きで学生の頃から結構弾いていたのですが、録音などはしていませんし、『さすらい人』を弾くのも20年ぶりぐらいですから。でもこれを機会に、ピアノ・ソナタなど、もっとシューベルトを弾いてみたいと思っているんですよ。シューベルトというと少し硬いイメージを持たれているかもしれませんが、私はとても自由な作曲家だと思うんですね。とにかく旋律が美しい、ロマンティックな音楽です」

「情熱のファンタジー」という今回のキーワードも、実はシューベルトに、特に《さすらい人》に触発されたものだという。「《さすらい人》には、父親に反対されながらも一途に音楽家の道を突き進んだシューベルトの情熱が表れていると思います。私自身も、ピアニストになると決心してジュリアード音楽院で頑張っている頃にこの曲を弾いて、そんな思いがあり、私にとっては『人生一路』という感じの作品です」

《さすらい人》には、さらに忘れられないニューヨーク時代の思い出がある。18歳の頃、大好きなピアニストのアンドレ・ワッツがハーレムの教会でこの曲を弾くコンサートに、ボロボロのチラシを握りしめて出かけた。客席はほぼ黒人ばかり。演奏も素晴らしかったが、アフリカ系アメリカ人の血を引くワッツが、リンカーンセンターやカーネギーホールに集まるセレブな聴衆の前で弾くのと同じ心で音楽を届ける姿に感銘を受けた。「ワッツさんの、音楽と人々に対する思いを、作品を通して感じました。その優しさがなければ、どんなに歌をうたっても、音楽の魂は他人につながらないと思います」

シューベルトといえば、彼岸から現世を見つめるような悲哀や孤独で語られることが多いが、そこに「自由」「情熱」「優しさ」を感じるのは、熊本自身の中にある同じ思いが共振するからなのだろう。ありきたりでないシューベルト像への彼女らしいチャレンジだ。

取材・文:宮本明

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