飲み物を何にしようかと逡巡する。
「タンチュー」と「昔ながらのチューハイ」というやや想像力を必要とする短冊が
壁に張られているのに気づいた。
違いを尋ねると、「タンチューは焼酎に炭酸入れたの、チューハイは昔ながらの」
という、わかるような全くわからないような答えが返ってきたので、
「では昔ながらで」と元気よく頼む。
飲んで合点がいった。いわゆる下町ハイボールだ。ほんのり甘く割ってあるアレ。
世界のタモリも大好きなアレだ。


ふと、男性一人客が「メンチかつって二枚だよね」とAKBに聞く。
「そおよ~ん」
「それ一枚ってできないかな?」
「むりよ~ん」
「一枚150円でも180円でもいいんだけど、二枚はちょっと食べらんないからさ」
「でも二枚で280円なのよ~」
その決して曲げない信念のわけはわからないのだが、
結局男性は、「わかった! 今度はお持ち帰りさせてもらう。
家族もオレがうまいうまいって言うから食べたがってるしさ! そうだおみやげにしよう」と
発想を180度変え、メンチの代わりに串カツを注文していた。
客の思考回路もまったく読めない。それが赤羽。
その間もぞくぞくやってくるお客をさばくAKB。
「マグロの山かけは終わっちゃったの。とろろに玉子のっけた月見とろろならあるわよ」
「じゃこきゅうりももうおしまい。もやしとツナのポン酢和えならだいじょうぶ!」
と似てるかもしれないけれど、全然違う別ものの売り込みに成功している。
「はい、コブクロです。これはね味噌と七味かけてたべると美味しいわよ」
一本ずつじつに丁寧に焼かれる串ははずれなし。 


かくして元気いっぱいのAKBを眺めながら、二杯目にはバイスを注文。
ふいに「どうもご無沙汰」と入ってきたサラリーマン二人組。
「あら、どちらさまかしら~? ンもう久しぶりじゃない」とAKB。
「半年ぶりくらいかなあ」
「本当よ、もうタダの人ね。半年もあきゃどんな常連さんだってタダの人!」
そうなのだ。真の赤羽、バネラーになるには一朝一夕にはいかない。
コツコツと酔っ払い行脚を積み重ねてこそ…。
さて今夜の二軒目はどこをせめようか。
考えあぐねる私がお会計をする間も、サラリーマンのおっちゃんは、
「タダの人!」と連呼されながら飲んでいるのだった。
店を出る私の背中にAKBが言う。
「お一人様でもいつでも大丈夫っ!」

   
<今宵のお勘定>
やきとん×3本 240円
昔ながらのチューハイ 350円
バイス 350円
合計940円

 

【店舗情報】
まるよし
東京都北区赤羽1-2-4
14時30分~23時、日祝休 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。