将棋の世界でやっていきたいという思いが強かった

――でも、おふたりとも、どこかで諦めきれてなかったと言うか、それでも将棋の世界でやっていきたいという思いが強かったんでしょうね。

瀬川 それはもちろんそうですね。

今泉 それももちろんあったんですけど、でも僕は、35歳のときに一度完全に諦めたんです。

――そのときは、瀬川さんのように棋譜を捨てたりしたんですか。

今泉 いや、してないです。そういう葛藤は26歳でもう終わっています。

でも、35歳のときには、僕はもう一生アマチュアの世界で将棋を指し続けていくと決めていました。

プロになるためにはプロ編入試験と三段リーグ編入試験のふたつの道があるんですけど、僕はふたつとも受験して、全部合格した唯一の人間なんです。

だから、そういう場所を2回も経験させてもらったのは僕だけなんだから、もういいじゃないかと思ったんです。

三段リーグを2回やらせてもらって、2回ともダメだったときに諦めがついたんです。

だから、35歳を超えてからの僕の人生は本当に不思議です。なぜ、プロ棋士になれたのだろう?っていまでもたまに思うことがありますね。

『泣き虫しょったんの奇跡』©2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

何のために将棋を指すのか

――映画にも出てくる基本的なことなのですが、おふたりはなぜ、何のために将棋を指すんですか。

瀬川 楽しいからですね。将棋を指すのが好きだから。

子供のころに、プロ棋士という仕事があるのを知ったときに、好きなことをやって暮せたらこんなにいいことはないよなと思って、それがプロを目指したいちばんの理由です。

プロ編入試験に挑んだときも同じ気持ちですね。好きなことで暮らせたら、これほどみんなが幸せなことはないだろうなって考えたんです。

だから「なぜ指すのか?」って聞かれたら、やっぱり「好きだから」と答えます。

将棋盤の上は自己表現ができる場所

今泉 将棋の世界でも辛いことや悲しいことがいっぱい起こるし、そういうことの方が多いんですけど、巡り巡って将棋に帰ってくるんですよね。

それは、根っこのところでやっぱり将棋が好きだから。

それに僕は、将棋盤の上は自己表現ができる場所だと思っていて。将棋は9×9の81マスの中でそれぞれの個性を表現できるので、棋士はみんな、負けても負けても自己表現をやめない。

自分の価値を出したいですからね。そうやって生きてきた証が我々の場合は将棋盤の上にあって、それは瀬川さんにもあるし、僕にもある。

ひとりひとりの棋譜が存在していて、そこにそれぞれの個性や想いが乗るんです。それだけに、勝ったときの快感は何物にも変えがたい。負けたときの落胆や痛みも何物にも変えがたい。

そんな感じで、痛みも喜びも将棋盤と将棋の駒が表現してくれる。それでお金がもらえるならよくないですか(笑)。もちろん、そういう喜びや痛みが出るからこそ、観てくださる方々も楽しめると思うんですよね。

瀬川 今泉くんは今年の「第68回NHK杯」で藤井聡太七段に勝っていますしね。

さっきも言ったように、藤井くんは大天才ですけど、今泉くんがその大天才に勝つこともある。勝負の世界だからそれは当然あるんですけど、それは僕の励みにもなったし、頑張らなきゃいけないなと思いました。

今泉 あの時は、人間力の勝負に持ち込めたのが勝因かもしれませんね。

繰り返しになりますが、瀬川さんがプロ棋士になれた理由は実力もさることながら、人間性がとても大きかったからだと思います。

それと同じように、将棋の地力は圧倒的に差があると正直思っている藤井くんに勝てたのは、自分のいままでの人間力を盤上にすべて出せたからなのかな。そんな気がしています。

好きなことを仕事にできたら、それに勝る幸せはない

――いずれにしても、好きなことを仕事にできたら、それに勝る幸せはないですね。

瀬川 そうですね。

今泉 それはそう思います。

夢を現実のものにするためには何がいちばん必要なのか?

――ただ、そうなれない人もいます。瀬川さんの場合は制度の問題もありましたが、そうではなく、壁にぶち当たって諦めてしまう人も多いです。

夢を勝ち取るため、夢を現実のものにするためには何がいちばん必要だと思いますか。

今泉 目の前にあるひとつひとつのことを、とにかく全力でやっていくことだと僕は思います。

夢や希望がなくても、考えたら、誰でも自分がいまやるべきことが絶対にある。

僕はそういうことを全力で毎日やっていけば、いずれ自分の夢なり、自分が向かうべき道に導かれると思っているので、それを達成するためにも、自分がいまやるべきことを全力でやっていくのがいいと思います。

そうすることで世界が全然変わってくるから。僕も実際そうでした。

介護現場で働いているときに、利用者の方たちを笑顔にするということを僕はすごく考えていて、それを一生懸命やっていたら、自分も喜べることがすごく増えたんです。

だから、いまを一生懸命生きていけばいい。暗中模索とか、いろいろ思ったり悩んでいる暇があったら、とりあえずいまやるべきことを全力でやっていくことです。

これは、誰にでもできることです。でも、誰にでもできることを、意外とみんなやってないんじゃないかなと思います。

瀬川 勉強になりますね。本当にその通りですけど、僕は自分の夢や目標を声に出して周りの人たちに伝えることも大事だと思います。

「不言実行」という言葉もありますけど、やっぱり言った方がいい。僕も「またプロになりたい」って最初に言ったとき、けっこう周りが「本当なの?」という反応でした。

「会社にもちゃんと勤めているのに、不安定なプロ棋士にいまさらなる気が本当にあるのか?」って言われたんです。

でも、「なりたい」と言い続けていたら周りの人たちも応援してくれるようになって。それが、いまの道を開いてくれたので、やっぱり、こういう風になりたいと言葉にすることは大事だと思います。

今泉 気持ちは言葉にしないと伝わらないですからね。

瀬川 そうですね。その上で今泉くんが言ったようなことを続けていけば、大抵のことには辿り着けるんじゃないかなと思います。

いいふうにもわるいふうにも思ったように人はなる

――今泉さんが名刺の裏に書かれている「いいふうにもわるいふうにも思ったように人はなる」ということですね。

今泉 そうです、そうです。いまは本当にそう思います。瀬川さんがそうやって言葉にしてくれなかったら、いまの自分はここにはいないですから。そう考えると、瀬川さんには感謝の言葉しかないです。

瀬川 僕も今泉くんの言葉に励まされましたから、そこはお互いさまです(笑)。

今泉 人生ってそうやって、巡り巡って、いろいろなピースがハマっていくもの。瀬川さんの今回の映画も、いろいろな人のピースが見事なまでにハマっていった結果だと思います。

将棋盤という小さな世界で、大きな戦いを繰り広げている瀬川五段と今泉四段。

ふたりの熱い言葉には、挫折を何度もしながら、最後まで諦めずに夢を手に入れた者ならではの説得力がありました。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』も、将棋の世界を題材にはしていますが、描いているのは人の生き方についてです。

苦悩や葛藤、挫折、そして感謝と喜び……そうした感情が交錯する戦いのドラマが、ふたりの言葉とともに、勇気が持てなかったり、どうすればいいのか分からなくて立ち止まっている人たちの背中を優しく押してくれるに違いありません。

映画ライター。独自の輝きを放つ新進の女優と新しい才能を発見することに至福の喜びを感じている。キネマ旬報、日本映画magazine、T.東京ウォーカーなどで執筆。休みの日は温泉(特に秘湯)や銭湯、安くて美味しいレストラン、酒場を求めて旅に出ることが多い。店主やシェフと話すのも最近は楽しみ。