(C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社

 実在の棋士・瀬川晶司五段の自伝的同名小説を映画化した『泣き虫しょったんの奇跡』が公開された。

 本作は、小学生時代から将棋に熱中し、長じてプロ棋士の登竜門である奨励会に入会するも、「26歳までに四段に昇格できなければ退会」という規定をクリアできず、一度はサラリーマンとなった“しょったん”(松田龍平)が、再びプロ棋士を目指す姿を描く。

 監督は、自らも奨励会入りしながら挫折し、後に賭け将棋の世界を描いた『王手』(91)の脚本を書いた豊田利晃。それだけに、本作には、奨励会という制度や将棋に対する愛憎がにじみ出てくるところがあるのだが、「将棋を憎んでいた」と語る豊田監督も、本作を撮ったことで憎しみが緩和されたという。そうした思いは、しょったんの将棋に対する心の変化にも反映されていると思われる。

 また、本作は、同じく、棋士を主人公にした『聖の青春』(16)や『3月のライオン』(17)に見られた“熱気”はなく、あくまでも淡々と描いているところが新味だが、その分、松田の、あまり感情を表に表さない、つかみどころのない個性が生かされ、父(國村隼)を亡くしたときの涙や、ラストの泣き笑いの表情を、際立たせる効果があったとも言えるだろう。

 また、全編が乾いたタッチで描かれた分、それとは対照的に、ラストのしょったんの対局を応援する周囲の人々の“熱さ”が目立ち、よくあるパターンではあるが、『ロッキー』(76)などのスポーツ映画のクライマックスの盛り上がりをほうふつとさせるところがある。

 しょったんを応援する、母と兄(美保純、大西信満)、小学校時代の担任教師(松たか子)、幼なじみの親友・鈴木(野田洋次郎)、将棋クラブの人々(イッセー尾形、小林薫)、奨励会の盟友(永山絢斗、染谷将太、渋川清彦)、会社の同僚(板尾創路、石橋静河)らの点描を見ていると、本当の意味での奇跡は、しょったんが、この人たちと出会えたことなのではないかと思えてくるのだ。

 それだけに、プロへの再挑戦に迷うしょったんに、鈴木が「もう自分のために戦う将棋は終わったんだろ?」と問い掛け、しょったんが何かに目覚めるシーンは象徴的に映る。

 本作は、主人公しょったんの姿を通して、自分の好きなことを仕事にする苦痛と喜び、あるいは、好きなものを純粋に好きであり続けることの難しさ、諦めないことの大切さになどについて、改めて考えさせてくれる。そして、これは将棋の世界に限ったことではないと思い至るのだ。(田中雄二)