『あさイチ』現場で起きた、ちょっとした事件とは

同番組は2時間近くの放送となるので、その分、リハーサルや最終チェックは入念に行います。特に放送前日の打ち合わせは、本番以上の臨戦態勢で挑みます。その時に全ての素材が揃っていると良いのですが、時折、VTRの編集が前日に間に合わず、当日朝のギリギリのタイミングで行うことも。

その日は、東日本大震災で全村避難となってから三年目を迎えた被災地、福島県飯舘村からのリポートがありました。担当ディレクターが本番ギリギリでふたりの元にやってきて説明をし、最後に「いのっちさんには、最後のまとめとして、被災地のことを忘れずにいようというようなことを言ってほしいんですが」と手短に伝えました。

普段は、無理難題やありえない無茶ぶりをされても、制作者の意図を汲んで笑顔で応える井ノ原さんでしたが、その日は少し声を荒らげて

「どうして、こんな大事なことをもっと早く打ち合わせにこないのか。それらしいことを言ってくれ、というだけで済む話じゃないでしょう。どんなことを感じるのか、きちんとみんなで話し合うべきものではないのか。取材したあなたにとっても、大切な取材相手でしょう。テーマでしょう」

と、ディレクターに問うたのです。

いつもニコニコしている印象のある井ノ原さんから発せられた厳しい言葉。普段とは違う井ノ原さんの対応に、ディレクターがしどろもどろになったことは、想像に難しくありません。

そんななか本番がスタートするのですが、結局は、井ノ原さんはとってつけた言葉ではなく、自分の中をしっかり通した言葉で、普段温めている被災地への思いを語ったのです。

本番終了後、有働アナによると、そのディレクターは意気消沈気味だったそう。「いつもどんなテーマも一緒になって考え、ディレクター一人ひとりの意図を大切にしてくれるいのっちにちゃんと説明できなかった。後悔しているようだった」(同書より)と当時を振り返ります。

本番終了後はドラマ撮影に向かった井ノ原さん。ディレクターは井ノ原さんに会えずに別れてしまいました。

ここからが井ノ原さんの「奥深い」ところ。スタジオにいたフロアディレクターからそのディレクターに、1枚の紙が渡されたのです。その紙を広げたディレクターは、嬉しそうな、また、泣きそうな顔になったそう。「まるで、不合格確実と思っていた入学試験の結果を知らせる電報が、開いてみたら合格だった、くらいの」と、有働アナが当時のディレクターの姿を受験生に例えます。