勝海舟役の遠藤憲一

 西郷吉之助(鈴木亮平)率いる新政府軍による江戸総攻撃は回避され、ついに徳川家は江戸城を明け渡すこととなった。日本史に名を残す「江戸無血開城」である。旧幕府側の代表として西郷と交渉を行い、この歴史的決断に大きく関わったのが勝海舟。第37回で繰り広げられた2人の交渉は、西郷役の鈴木と勝役の遠藤の芝居の応酬が印象深い場面となった。これまで勝を人間味豊かに演じてきた遠藤が、江戸無血開城を中心に撮影の舞台裏を語ってくれた。

-江戸無血開城の場面を終えた感想は?

 勝は正直な人なので、「この戦で江戸をつぶしてほしくない」という思いを、腹の底から心を込めて演じることをテーマにしました。そこで思いついたのが、「正装と正座はしない」ということ。この作品ではそういう格好で西郷に会っている場面が一つもなかったので、大事な話し合いとはいえ、普段のままでいきたいと。事前に見せてもらった絵では正座で向き合っていたのですが、その場を見た人は誰もいないという話だったので、監督の了解を得てそうさせてもらいました。

-鈴木さんとは無血開城の場面について何かお話をされましたか。

 亮平くんも、人に説得されたから攻撃を中止するということだけにはしたくなかったらしく、監督を交えていろいろアイデアを出し合いました。俺も、自分だけでなく西郷の芝居まで考えるほどのめり込んでいたけど、監督の方がずっといいアイデアを持っていて…(笑)。その結果、勝と話し合った西郷が「天下万民のために行動を起こした」と思い出した後、庭で美しく咲き誇る桜と、その花びらが散っていくさまを見て、命の大事さに気づくという芝居を加えています。亮平くんもいろいろ葛藤しながら演じていましたが、お互いに人間同士のやり取りができたので、いいシーンになったと思います。

-改めて、勝海舟の役作りはどのように?

 中学校の同級生が高校で歴史の教師をやっているんです。俺は歴史に詳しくないので、大河ドラマをやるときは必ず彼に話を聞くようにしています。今回は明治維新の話を聞いて、人間関係や歴史の流れを整理してから、勝を主人公にした小説を読み始めました。勝が主人公のドラマも2作品ほど見ましたが、キャラクターについては、その小説からものすごく刺激を受けています。ただ、分厚い本が6冊もある長い小説なので、読み終わらないうちに無血開城の場面をやることになってしまいましたが…(笑)。

-物語に大きな影響を与える人物を演じる心構えは?

 出番が多ければまた違いますが、今回は限られた登場の仕方なので、勝の役割がきちんとシーンごとに出るように深く考えて、練習する。練習して考える、練習して考える…。その繰り返しです。休みの日など、時間ができたときは、ウォーキングと読書をするようにしているのですが、今回はその小説を読んでいたので、撮影がない日も勝海舟でいることができました。

-そういうところを踏まえて、遠藤さんから見た勝海舟とはどんな人物でしょうか。

 とても正直な人。立場がどうであろうと、基本的に誰に対しても対応を変えない。もちろん、相手が幕臣の場合と庶民の場合とでは話す内容は違いますが、人を区別せず、向き合う姿勢は変わらない。そこが一番の魅力ではないでしょうか。

-西郷と普段着のまま向き合うというのも、そういうところから出てきたものでしょうか。

 そうですね。そこは誇張したかったところです。大事な場面だから、正装してお願いをする、みたいなことにはしたくなかった。事実は違うかもしれませんが、この作品で俺が感じた勝という人物には、その方がふさわしいと思って。

-勝は西郷のどんなところを人として認めたのでしょうか。

 きっかけは初対面のときに「(島津)斉彬さんから評判を聞いていた」と思い出したことですが、実際に会ってみて、なにか大きなものを感じたんでしょうね。一番は、やはり無血開城を決断したことかなと。

-革命編を通じて西郷は大きく変わってきましたが、演じる鈴木さんの変化はどのように感じていますか。

 全然違いますよね。俺が初めて撮影に入ったときは「お待ちしてました!」という雰囲気で明るく歓迎してくれたけど、今はもう「おはよう!」とあいさつしても「おはようございます」と簡単に返す程度。空気が全く違います。それは、亮平くんがあらかじめ温かな雰囲気を作っておいて、ある時点からガラッと修羅のように変わるという演技プランを立てていたからなんだなと。今はすっかり顔つきまで変わっていますから。

-革命編は西郷と徳川慶喜(松田翔太)の対立が物語の軸となっています。その2人の間に立つ勝として、慶喜との芝居で意識したことは?

 格上の人として見ない。身分は慶喜の方が上ですが、面と向かって反発する場面も多いので、そういうことを心掛けています。ただ、だからこそ無血開城のときも、戦はやめると決めた慶喜や家臣たちが、できるだけ成敗されないようにと、西郷に頼むことができた。さらに、攻撃を中止しながらも「どうしても許せないのは慶喜公だ」と憤る西郷に、勝は「会いに行けよ」と返し、「おまえさんたちのけんかは、おまえさんたちで片を付けろ」と告げる。戦や策略などの駆け引きをするよりも、直接会いに行けばいいじゃないかというのは、人を区別しない勝ならではのいいせりふだったと思います。

-遠藤さんはこれまで何度も大河ドラマに出演されていますが、他の作品との違いはどんなところに感じていますか。

 一番はやっぱりセット。スタッフの渾身の力作が出来上がっているので、浮ついた気分で入ると、地に足がつかない状態になってしまうんです。しかも、そこに照明の効果も加わると、独特の世界観が表れてくる。今回も初日、スケジュールの都合でバタバタとセットに入ったら、ふすまの開け方も分からなくなってしまったぐらいで…。無血開城の場面も、庭の桜の木の存在感がやっぱりすごかった。大河のセットには、それぐらいの力がある。だから、2日目からは事前にセットに入り、まず全体を眺めてその空気を飲み込んで、気持ちが食われないようにしてから、撮影に臨むようにしています。

(取材・文/井上健一)