ブルガリア国立歌劇場「カルメン」 ブルガリア国立歌劇場「カルメン」

ブルガリア国立歌劇場の3年ぶりの来日公演が幕を開ける。1890年以来の伝統を持つ同劇場は、アンナ・トモワ=シントウやゲーナ・ディミトローヴァ、ニコライ・ギャウロフらの名歌手たちを育んできた東欧の名門だ。今回は、この日本公演のために新たに制作した新演出のビゼー《カルメン》を携えての来日。現地では昨年11月に初演されて大成功を収め、10数回もの追加公演が行なわれたという評判の舞台である。初日を2日後に控えて行なわれた舞台リハーサルを取材した(10月3日・東京文化会館)。

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演出を手がけたのは劇場総裁でもあるプラーメン・カルターロフ。日本へ持ってゆくことを念頭に、能と古代ギリシャ演劇をミックスしたというプロダクションを作った。舞台にはセビリャの酒場も闘牛場も出てこない。あるのは中央の真紅の回り盆と、それを囲む階段ステージだけ。コーラスは全員が同じ黒の衣装。白い仮面は能面からの発想か。個性を剥ぎ取った群衆の存在が、ギリシャ演劇のコロスや能の謡を想起させる。シンプルでクールだが、ドラマが美しく展開する舞台だ。

しかし具象を廃しただけに、いっそう重要となるのが音楽。指揮はこれが日本での本格的なオペラ・デビューとなる原田慶太楼。1985年生まれの33歳。米国を本拠に活動し、現在日本国内のオケにも次々と客演して注目を集めている新鋭だ。昨秋のブルガリア初演を指揮したのも彼。情熱的なビゼーの音楽を、煽りすぎることなく丁寧に作ってゆく。ツアー公演の客演指揮者に与えられるリハーサル時間はけっして多くはないはずで、この日も寸暇を惜しむように、気になる箇所を返しながらオケや歌手と確認する熱心で貪欲な姿勢にも好感が持てた。なおセリフ部分は、既存の台本ではなく、いわゆる「グランド・オペラ版」のレチタティーヴォを元に、原田が新たなフランス語台本を起こしている。

ダブルキャストでカルメンを歌うのは、現代を代表する「カルメン歌い」のひとりであるナディア・クラスティヴァ(10月5日(金))と、目下欧米の各歌劇場が注目する伸び盛りの新進ゲルガーナ・ルセコーヴァ(10月6日(土))。この日のリハーサルでは、ルセコーヴァが深い響きのメゾ・ソプラノで、ホセを惑わす妖艶な魔性の女を歌い切っていた。もうひとり、ツヴェタナ・バンダロフスカの、凛とした清楚なミカエラ役(10月5日(金))も印象に残った。オーケストラと合唱はブルガリア国立歌劇場管弦楽団・合唱団と杉並児童合唱団。

ブルガリア国立歌劇場の《カルメン》東京公演は、10月5日(金)・6日(土)、東京文化会館。両日とも、劇場を赤で染めるキャンペーンを実施。《カルメン》の重要なモティーフである真紅のバラの花にちなんで(ブルガリアはバラ栽培が盛んな「バラの国」)、衣服でもワンポイントのアクセサリーでも、「赤」を身につけて出かけると、なにやら特典があるらしいことがほのめかされている。ぜひ!

取材・文:宮本明