西郷吉二郎役の渡部豪太

 若い頃から藩のため、国のために各地を奔走してきた西郷吉之助(鈴木亮平)に代わり、薩摩の西郷家を守り続けてきたのが、次男の吉二郎だ。吉之助にとっては大切な弟であったが、「一生に一度、侍らしく戦場を駆け回りたい」という願いと共に従軍した戊辰戦争で命を落とすことになった。1年近くにわたって吉二郎を演じてきた渡部豪太が、これまでの撮影を振り返ってくれた。

-第38回、吉二郎は戊辰戦争で戦死することになりました。演じた感想は?

 正直、それほど沈んだ気持ちにはなりませんでした。むしろ、いまわの際に兄の吉之助に手を取ってもらい、その腕の中で死ねる…。こんなにすてきなことはないな…と。というのも、史実では吉之助は吉二郎の死に目に会えなかったそうなんです。それが、このドラマでは会えることになった。本当にすてきなことだと思いました。だから、家族を残して亡くなることについても、引け目も後悔もありません。戦に行くと言った以上、家のことは妻の園(柏木由紀)に託し、もう帰ることはないというぐらいの覚悟は持っていましたから。ある意味、自分のやるべきことを全うしたという気持ちです。

-第38回の台本を読んだときの感想は?

 とても演じがいのある台本だと思いました。「吉二郎ってこんな人だったんだ!」と驚くと同時に、「すてきな話だな」という気持ちも湧いてきて…。まさか、あんなに小銭をためているとは思いませんでしたが(笑)。とはいえ、自分がそれまで積み重ねてきた吉二郎のキャラクターと相違はなく、そこに新しい一面が加わる感じだったので、とてもうれしかったです。

-吉二郎は、どんなところから戦に出たいという思いが芽生えたのでしょうか。

 やっぱり侍なんです。半農半士なので、ドラマを見ていると主夫のように思われがちですが、“もののふ”なんですよね。だから、いつでも戦に出る準備はしている。とはいえ、常にそう考えていたわけではなく、今回新しく兵を募集するということで、それならば「おいも連れていってくいやい」ということだったのではないかと。

-1年近くに及ぶ長期間の撮影となりましたが、どんなところから吉二郎という人物をつかんでいきましたか。

 撮影に入る前、監督の野田(雄介)さんから「優しい弟であってください」とおっしゃっていただいたので、それは大事にしようと思っていました。具体的に西郷家の中で自分の役割を見いだしたのは、薩摩が舞台になっていた第8回までの家族のシーン。あれがなければ、その後を演じることはできませんでした。

-江戸や京を訪れ、激動の生涯を送る兄・吉之助に対して、吉二郎はひたすら薩摩の家を守ってきました。そこにはどんな思いが?

 吉之助が最初に江戸に勤めたときから、「薩摩のため、お殿様のために仕えている兄に代わって、自分が家を守らなければいけない」という気持ちでした。いろいろなことがあったので、その時々で湧いてくる感情は違いましたが…。相撲でお殿様を投げ飛ばしたときは「もう切腹だ…」という気持ちでしたし、京から月照様(尾上菊之助)を連れ帰ってきたときは、その後の島流しも含めて、どえらいことをしたなと…。ただ、そういうことを経験するたびに、「自分がしっかりしなければ」という気持ちになったのも事実です。

-その一方で、弟の信吾(錦戸亮)は吉之助と行動を共にしていましたね。

 単なる役割の問題です。自分は兄と約束した家のことがある。それは自分にしかできないことだけど、下の弟2人は、大きくなったら藩のため、世のために外で働いてこいと。だから、「信吾ばかり外に出やがって」みたいな気持ちではありません。信吾が武勇伝を語るような場面もありましたが、それも吉二郎は「大事な情報収集」ぐらいに考えていたのではないかと。

-そんな吉二郎が守ってきた西郷家には、妻の園(柏木由紀)や吉之助の妻・糸(黒木華)といった人たちが増えていきましたね。

 糸さんも園も、本当によくできた人たちです。(川口)雪篷(石橋蓮司)さんのせりふにもありましたが、家は“城”。吉二郎にとって家族が増えるということは、そこに仲間が加わるという心強さがあったのではないかと。ただ、雪篷さんはお酒ばかり飲んでいますけど(笑)。あと、忘れてはならないのが熊吉(塚地武雅)。いつも優しく支えてくれる熊吉がいなかったら、西郷家は成り立たなかったでしょう。あるとき、撮影が終わってふと見たら、ハンガーにボロボロの衣装が掛かっていたんです。思わず「これ、衣装ですか?」と聞いてみたら、それが熊吉の衣装でした(笑)。あんな衣装で支えてくれていたんだなぁと…。

-吉二郎にとっては、園との結婚も大きな転機になりました。演じる柏木由紀さんとの夫婦の距離感はどのように作っていきましたか。

 柏木さんは、大河ドラマはもちろん、時代劇も初めてだったらしく、ものすごく緊張しているように見えたので、できるだけ話し掛けるようにしました。私が「平清盛」(12)で初めて大河ドラマに出演したのが、ちょうど今の柏木さんと同じ年ぐらいの頃。大河ドラマという大きな船に途中から乗るのはとても大変なことで、ものすごく緊張したんです。そのときの経験から、彼女の気持ちが理解できたので、なるべく話し掛けて、なじんでもらえるようにしました。

-お芝居についてはいかがでしょうか。

 夫婦を演じる上で、できるだけヒントがほしかったので、現場ではなるべく「園」と声を掛けるようにしました。本番でも、アドリブで会話するときは何げなく「園」と呼び掛けてみたり…。そうすると、ふっと振りむいて「えっ?」という顔をしてくれるんです。そんな“遊び”のような部分から、夫婦の距離感を作っていった感じです。吉二郎の遺髪を手に園が涙を流すシーンでは、リハーサルの後、柏木さんが「渡部さん、髪触ってもいいですか?」と言ってきたこともありました。夫婦として過ごした時間は短かったですが、そんなふうに2人で信頼関係を作っていったおかげで、安心して西郷家を託すことができました。

(取材・文/井上健一)