愛のカタチは人それぞれ。漫画でラブコメといえば、昔からスポーツ・バトル漫画と並ぶ一大ジャンルだ。そんな中、近年になって女子と女子のラブ――いわゆる「百合」漫画の躍進が目に付くようになってきた。
ここ何年かで複数の出版社から百合専門のコミック誌が次々に登場。ついに昨年は「コミック百合姫」の連載作品(ゆるゆり/後述)がテレビアニメ化されるに至った。男性視聴者から支持を受けてアニメ第2期の制作も決まるほどだから大したものである。
今回はそんな注目ジャンルをテーマに、男性が読んでも気軽に楽しめる“百合っぽい漫画”を紹介したい。まずはこのあたりを入門編として百合ワールドの入口に立っていただければと思う。
(※ここで述べる「百合」はおもにプラトニックな好意のことで、肉体的なニュアンスが強いレズビアンとは区別しています)


■乙女だらけのチャンバラ活劇 『はやて×ブレード』(作:林家志弦)

【学習項目】 カップリングの概念

学業ではなく剣の強さで学生のランクが決まる「剣技特待生」の制度を備えたユニークな女学園が舞台。ここに天然ボケだが剣の腕はめっぽう強い中学生・黒鉄はやてが編入してきたところから物語はスタートする。ある事情から最初は報奨金目当てのはやてだったが、やがて多くの友やライバルと出会い、自分が戦う本当の意味を見つけていく……。 

あの『ジョジョ』最新シリーズと同じウルトラジャンプの掲載作で、作者は知る人ぞ知る百合漫画の実力派だ。

剣技特待生の少女たちは2人一組でペア(刃友)を作り、攻撃(天)と防御(地)の役割分担をする。バトル解禁の時間中に学園内で遭遇した敵ペアと戦い、天のほうが攻撃を食らえばペアごと敗北になるルールだ。ペアは基本的に学園の誰とでも組むことができるが、いい加減な相手と組む=自分もペアとして負けることになるため、必然的に公私ともども仲の良い2人が組みやすくなる。日常の学園シーンもこのペアの絡みで進行することが多く、百合ジャンルでいうところの「カップリング」概念が男性読者でも理解しやすい。

たとえば主人公のはやてがペアを組んだ相棒・綾那は、協調性こそゼロだが相当な剣術の使い手。スピードとノリのはやて、技術と経験の綾那ペアは破竹の勢いで学内ランキングを上げていく。しかし綾那には過去、はやて以外にペアを組んだ相手(ゆかり)がいて、自分の落ち度で傷つけてしまいペア解消したトラウマがあった。図示すると下記のようになる。

[はやて×綾那] ←現在のペア   [綾那×ゆかり] ←過去のペア

どちらのペアにも綾那は共通で、前者のペアでは先輩だから強気に主導権を握れる。逆に後者、過去にいろいろあった2人が会話しているシーンでは、負い目があるため綾那は一方的に弱腰な対応しかできない。このように組み合わせを変えることで同じキャラクターがまったく違う側面を見せるのもカップリングの妙味だと言える。

『はやて×ブレード』にはこうしたペアが多数登場する。絶対の信頼で結ばれたペア、一方の弱みを握っているペア、孤独な者同士のペア、ネタとしか思えないペア……などバリエーション豊かだ。恋愛感情というより絆と呼ぶべき繋がりなので、『キン肉マン』の友情パワーを理解できるのであれば違和感はない。

そんなペアで繰り広げる剣術バトルも本格的だ。使用する武器はコンピュータ制御によって当たり判定の機能が付いた模造刀で、まともに食らうと大ケガすることもある。剣道○段とかそんなレベルを超越した乙女たちが、それぞれの流儀で意地と信念をぶつけ合う。勝ち続けた者は最強の剣士である生徒会長ペアに挑戦する権利が与えられ、もし勝てれば望みは思うがまま。はやて&綾那は果たして頂点までたどり着けるのか?

たたみかけるギャグと熱血バトル、そしてほんのり百合風味――純粋に少年漫画として読んでも相当におもしろく、いまだアニメ化されていないのが不思議なくらいの秀作だ。単行本は15巻まで。


■百合コミック界の出世頭!? 『ゆるゆり』(作:なもり)

【学習項目】百合的な感情のバリエーション

部員不足で廃部となった茶道部を「娯楽部」としてこっそり占拠する女子中学生4名。そんな彼女らと生徒会メンバーやなにやらの女子たちが繰り広げる、ゆる~い毎日の物語である。 

日本を代表する(現在は日本唯一ではなくなった)百合漫画誌『コミック百合姫』連載作。わりとガチでレズビアンなシーンも少なくない同誌だが、この『ゆるゆり』に過激描写はない。特殊な訓練を受けていない一般男性でも普通に読めるので安心してほしい。単行本は7巻まで発売されており、昨年放送されたテレビアニメ版も好評を得た。

作風は流行の「ゆるい日常系」とでも言うべきか。4コマ形式ではないが展開は最近の4コマ的。古きよき起承転結の流れを必ずしも守ることなく、明確なオチを付けず終わる回もしばしば。“起→承→転…とみせかけて承を繰り返す”といった具合だ。ラーメンの味と同じで短編ギャグ漫画にも流行りと廃れがあって、現在はこうした自由なノリでファンに受けている作品をよく見かける。

キャラクターは大半が13~14歳くらいの女子で、みなかわいく個性的。当然ながら百合趣味のキャラが多い。気になる女子への好意を隠さないキャラがいれば、わざと敵対することで気を引こうとするキャラもいる。さらには特定の2人のカップリングを妄想して鼻血を吹き出すエキセントリックなキャラまで……。男女間の「好き」にもいろいろタイプがあるように、百合的なアプローチも多種多様。あくまで緩い日常をテーマとしながら、そのあたりの描写は意外なほどしっかりしている。

キャラの絵は非常にうまく、露骨に萌え系を嫌う人でなければ問題なく馴染めるだろう。のんびり8割+ドタバタ2割くらいの日常コメディは読んでいて普通におもしろい。百合ジャンルの入口としてだけではなく、ちょっと肩の力を抜きたい時にオススメしたい。原作コミックの試し読みはこちらのページから可能だ。


■鼻血まみれの百合ハーレム『まりあ†ほりっく』(作:遠藤海成)
【学習項目】ミッション系女子校を舞台とした百合作品のテンプレ設定

名門女学園に編入してきた宮前かなこは、超がつくほどの男嫌い、そして女子が大好きな百合趣味だった。いきなり学園で理想の美少女・鞠也(まりや)に出会うが、実は鞠也が女装した男だと知ってしまう。弱みを握っているのは自分なのに、サド気質全開の鞠也に圧倒され下僕になったかなこ。そんな彼女の受難と鼻血の日々を描いた学園コメディである。 

昔から「女装した主人公が女子校でハーレム状態」というのはラブコメ漫画やゲームの定番設定だ。しかし女子が主人公なのに女子校ハーレム!おまけにメインヒロインが男かよ!という逆転の発想は珍しい。これも主人公が百合趣味だからできる荒技だろう。単行本は8巻まで出ており、2度にわたってテレビアニメ化されている。

基本は学園コメディだが、先の『ゆるゆり』ほど平穏なストーリーではない。なぜなら主人公のかなこが「ド変態」だからだ。美しい先輩に声をかけられ鼻血を噴き、クラスメイトの着替えに鼻血を噴き、仲の良い友人たちで百合シーンを妄想して鼻血を噴く。また、ヒロインの鞠也(♂)がドSなのも混沌に拍車をかける。女装した姿では容姿端麗・文武両道で女生徒の憧れなのに、正体を知るかなこの前では地の性格が出て「犬のように這いつくばってオレ様の靴を舐めろ」状態。こんな仕打ちを受けても、相手が美少女なら条件反射で鼻血を噴いてしまうかなこの変態ぶりは見事というほかない。

ストーリーはこの2人を軸に動き出し、腹黒メイドや謎の寮長、教師、同級生たちを巻き込みながら世界が広がっていく。これまた作者が女性ということもあるのか、ギャグの合間に挟まれるシリアスシーンでは細やかな心情描写を見せてくれる。ヒロイン役が男なので厳密な「百合」ではないかもしれないが、設定や文法は百合漫画のテンプレ(お約束)をきちんと踏まえている。


以上、作品単体としても十分に楽しめる“百合っぽい漫画”を3タイトル紹介してきた。
一人の男性ファンとして百合作品の魅力を喩えるなら「箱庭」だ。たとえば少年誌のバトル系漫画は作品世界へ自分を投影することが簡単にできる。もし自分が主人公だったら?というワクワク感だ。反対に、原則として男子禁制の百合作品では、自分を投影したとたんに世界が崩れてしまう。魅力を感じるのにそこへ入ってはいけない奇妙な感覚――“箱庭世界を愛でる喜び”こそ、男性が百合作品にハマる大きな動機だと思うのだ。
もちろん大人の男性が普段から「百合好き!」「白薔薇ファミリーは聖×志摩子のカップリングがガチだよね」などと公言するのは立場的にもよろしくない……が、百合=レズビアンという先入観だけで敬遠してしまうのはあまりにも惜しい。今回挙げたのはライト向け、しかも人気作で入手も簡単なので、機会があればぜひ一度手にとっていただきたい。 

パソコン誌の編集者を経てフリーランス。執筆範囲はエンタメから法律、IT、教育、裏社会、ソシャゲまで硬軟いろいろ。最近の関心はダイエット、アンチエイジング。ねこだいすき。