製品企画部の平井健裕部長は、m-Stickの使われ方に驚く(手に持っているのは、ファン付きの「m-Stick MS-PS01F」)

液晶テレビなどのHDMI端子につなぐだけで使える手のひらサイズで、2~3万円程度で買えるスティック型PC。一部機種で品切れになるほど市場が拡大している。ここにきて複数メーカーから商品投入が相次いでいるが、国内市場で“火付け役”になったのは、間違いなくマウスコンピューターの「m-Stick」だ。

同社が「第一世代」と呼ぶ、2014年12月発売の「m-Stick MS-NH1」は、一時品切れ(15年2月に販売再開)。製品企画部の平井健裕部長が「想定外の使われ方をした」と嬉しい悲鳴を上げたほどだ。出荷前に同社が想定した利用シーン以外に活用範囲が広がり、初回出荷台数を大幅に上回る需要が生まれ、期せずして「新しいマーケット」をつくることに成功した。

●つないだまま、忘れてもらうPC

スティック型PCの存在を世に知らしめたのは、マウスコンピューターではない。同社のm-Stickと同じWindows OS搭載ではインテルが昨年、コンセプトとして打ち出していた。一方で、液晶テレビにつなぎPCとして使う商品としては、Android版や動画を楽しむ商品としてグーグルが発売した「Chromecast」などが話題になっていた。

テレビを観る世代が減る中で、「スリープ状態」の液晶テレビや写真画像の整理程度にしか使われないデスクトップPCのディスプレイ「再利用」するコンセプトは浸透していた。このムーブメントに上手く乗りマウスコンピューターは、元来持つPCや周辺機器の開発・製造力に長けた部分を生かし、他のメーカーに先行して商品化することができ、ユーザーの潜在ニーズを呼び覚ました。

マウスコンピューターを含め、MCJグループ傘下のユニットコムのiiyamaブランド商品を合わせ、グループで発売中のスティック型PCは、4機種。マウスコンピューター製だけで三世代に分類できる。第一世代は「m-Stick MS-NH1」で、USBメモリを一回り大きくした手のひらに収まるコンパクトボディでありながら、クアッドコアのAtom Z3735F(1.33GHz/最大1.83GHz)と2GBメモリ(DDR3L)、32GB SSD(eMMC)を埋め込み、Windows8(32ビット版Windows8.1 with Bing)をフルに使えるPCだ。

平井部長は「ユーザーの使い道を想定し、シナリオを書き出し、プラットフォームやスペックを選択し、高負荷テストを繰り返した」と、液晶テレビで使われることを大前提にユーザーのあらゆる利用シーンを想定した上で、手のひらサイズのきょう体に詰め込むハードウェアを検討した“渾身の作”だ。

第一世代の開発段階で重要視したコンセプトは、液晶テレビに「つないで、忘れてもらえる」。従来のPCは、使用後にスリープかシャットダウンするが、m-Stickは、“つないだまま”、テレビの番組に飽きたり、手持ちのノートPCなどを開かず、テレビの前ですぐに立ち上げて、調べものや写真画像、YouTube動画などを楽しむことを想定した。そのため、「OSの作り方や最適な容量の割り出し、CPUの熱制御を考え、ワイヤレス性能やインターフェイスなど、ODM(開発委託先)とも密に連携し、性能を最大限発揮できるようにした」(平井部長)と、発売までの短期間に、開発部門での議論と検証を徹底して繰り返したという。

●出張に持ち歩く、プロジェクタにつなぐ、想定外利用増える

第一世代の「m-Stick MS-NH1」は、市場的にいえば「瞬時に」マーケットから姿を消すほど、一気に売れた。当初の出荷台数は非公表だが、同社の想定を遙かに超えた。「想定外」に売れた理由について、平井部長は「ビジネスシーンでの利用がこんなにも多いとは思わなかった。当社の予想しない使われ方をした」と話す。

この点について、コンシューマ営業統括部コンシューママーケティング室の畦田寛之室長は、次のように説明する。「第一世代は、自宅の液晶テレビやPCディスプレイに接続する利用シーンを想定していた。まずは、アーリーアダプターをつかむ役割を果たしてもらい、スティック型PCのマーケットをつくることを念頭に置いていた」。だが、その構想は、いい意味で外れた。ビジネスシーンでユーザーが新しい利用を生み出していたからだ。

例えば、宿泊を伴う出張をする際、バックアップ機としてプレゼン資料などを携えてm-Stickを一緒に携行する。出張先にタブレットPCを持ち出すケースは増えているが、画面サイズが小さいこともあり、資料の細かい修正作業はしにくい。キーボードとタブレットPCがあれば何とかなるが、Windowsタブレットでなければソフトウェアの利用もストレスになる。

そこで、m-Stickの出番。宿泊先の液晶テレビのHDMI端子に差し込み作業ができるというわけだ。あるいは、イベント会場のブースでプレゼンする際、液晶ディスプレイに差し込む。強者になると、モバイルプロジェクタにm-Stickを差し込み、資料投影用に使うする人もいるそうだ。畦田室長によれば、「新しい使われ方がさまざま広がり、m-Stickと一緒にマウス付きのキーボードの販売台数が伸びた」と、副次効果も出ているようだ。

「想定外」の利用で同社にとって最も意外だったのは、組み込み端末としての使われ方だ。キヨスク端末や病院内にあるデジタルサイネージなど、「セットトップボックス」を開発する用途してm-Stickを組み込む案件が増えている。平井部長は、「(電子工作世代に)静かなブームになっている超小型コンピューター『Raspberry Pi(ラズベリーパイ)』を使うかのように、分解して別の利用に使う動きも出てきている」と、利用シーンはまだまだ拡大中だ。

●ファン付き、64GBのm-Stick登場

ユーザーによる利用シーンが拡大したことを受け、15年に入ってマウスコンピューターは第二世代、第三世代と同社で呼称する新機種を相次いで市場に投入した。3月には、第二世代としてストレージを従来の32GB(eMMC)から倍増の64GB(eMMC)にし、きょう体の色を黒から白に変えた「m-Stick MS-NH1-64G」を発売。第一世代の直販サイトの税込価格が1万9800円だったのに対し、同64Gでも2万5800円。いずれも手頃な価格だ。タブレットや2in1プラットフォーム向けテクノロジーを採用し、第一世代のOS、CPU、ストレージなどの性能は引き継いでいるほか、USB-ACアダプタ、電源供給用USBケーブル、HDMI延長ケーブルなどが付属する。

畦田室長は「第一世代は、デザインも含め、持ち歩きが自然であることを重視した。第二世代は64Gになり、ユーザーから、よりポジティブに受け入れられている」と、初速は好調のようだ。

4月下旬には、新デザインのファン付き32GBモデル「m-Stick MS-PS01F」を販売開始した。ファンを搭載したことで、湿度が高く、家中のホコリやゴミが溜まる液晶テレビの裏側の高負荷環境下での性能を上げ、「つないだまま」使ってくれるユーザーを取り込み算段だ。ファンは付いているが、第一世代と同様にスリムなきょう体を実現できるところは、マウスコンピューターの技術力が威力を発揮しているところだ。もう1機種が、グループ会社のユニットコムが3月にiiyamaブランドで発売した「Picoretta(ピコレッタ)」。同製品のスペックは、マウスコンピューターの第一世代とほぼ変わらないが、ヒートシンクを採用し温度を低くできる。

●4K対応のm-Stick年内に

平井部長は「m-Stickの次世代モデルは、今年中に必ず出す」と明言。計画では、4K出力に対応した商品になりそうだ。マウスコンピューターが火を付けたスティック型PC。今年に入り、国内外のメーカーから続々リリースされている。現在、スティック型PCは、家電量販店のPOSの実売データを集計するBCNランキングで「デスクトップPC」に分類されているが、競合がひしめく中で市場形勢ができれば、独立したカテゴリーになることも遠くはなさそうだ。(BCNランキング 谷畑良胤)