日本全土が発狂状態に!
霊魂の世界を描いた異色のSF作品『日本発狂』

科学と超常現象を織り交ぜながら描写される手塚氏独自の死生観は、同氏の作品を語る上では外せないエッセンスのひとつ。『火の鳥』や『ブラック・ジャック』では人の脆さと命の儚さを、『鉄腕アトム』では感情を持ったロボットの尊厳と苦悩を、それぞれ独自の視点で描き上げています。

「生と死」をテーマにした同氏の作品の中でも、筆者が特にオススメしたいのが『日本発狂』というお話です。タイトルのインパクトもさることながら、さらに驚かされるのは斬新すぎる舞台設定。この物語で描かれるのは、幽霊達が熾烈な戦争を繰り広げる死後の世界なのです。

ひょんなことからあの世の秘密を知ってしまった少年・北村一郎も、そんな争いに巻き込まれる魂のひとつ。作中では、無理やり魂を抜かれて死後の世界に連れてこられた一郎と、争いに疲れ果てて現実世界へ逃避しようとする幽霊達との交流が描かれています。

特に印象的なのは、作中で描かれる幽霊達の妙に人間臭い感情表現。自己主張が強く、幽霊同士で恋に落ちたかと思えば、不平や愚痴だって言い合います。そう、あの世には極楽浄土なんてものは存在せず、現実となんら変わりのない争いとエゴに満ちた幽霊達の暮らしがあったのです。理不尽な抑圧の果てに「人としての尊厳」を主張し続ける幽霊の姿を見ていると、現実世界に生きる人間と彼らの違いなんてどこにもないような気すらしてきます。

背筋が凍るようなホラーシーンはあまりありませんが、オカルト話が好きな方にはオススメの作品です。