撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場 新国立劇場オペラ「ファルスタッフ」 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

新国立劇場12月のオペラ公演はヴェルディ《ファルスタッフ》。英国の名演出家ジョナサン・ミラーが手がけた舞台は、2004年の新制作初演以来3度目の再演となる、同劇場のレパートリーを代表する人気プロダクションのひとつだ。初日直前の舞台稽古を観た(12月3日・新国立劇場オペラパレス)。

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《ファルスタッフ》は80歳近くのヴェルディが人生の最後にたどり着いた喜劇オペラ。シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』を原作に、女好きで飲んだくれの老貴族ファルスタッフが、口説いた女たちに懲らしめられるドタバタ劇だが、音楽はシリアスで格調高い。大まじめな調子で演じることで可笑しさがクローズアップされてくるタイプの喜劇だ。

そうした作品の特徴にふさわしい、高貴な歌唱と憎めない悪役の性格描写を兼ね備えているのがファルスタッフ役のロベルト・デ・カンディア。やわらかで艶のある美声で、時代遅れの気高い騎士道精神にしがみつくファルスタッフの悲哀を豊かに表現する。

新国立劇場初登場の人気ソプラノ、エヴァ・メイの演じるフォード夫人アリーチェの清楚な美しさには、好色な老騎士ならずともひと目惚れしてしまいそうだ。朗々と聴かせるような大アリアこそない役柄だが、細部まで丁寧で繊細な声の表現にはため息が出る。彼女の娘ナンネッタ役の幸田浩子や、クイックリー夫人役のエンケレイダ・シュコーザ、メグ役の鳥木弥生もハイレベルなパフォーマンスで、随所に登場する彼女たち4人の女声陣の重唱も大きな聴きどころとなっている。

フォード役のマッティア・オリヴィエーリ、ナンネッタの恋人フェントン役の村上公太、ファルスタッフの子分ピストーラ役の妻屋秀和(彼だけが唯一、初演以来すべての《ファルスタッフ》上演に連続出演)ら、どの役にもキャラクターに合致した声と表現力を持つ歌い手たちを得たキャスティング。新国立劇場初登場のイタリア・オペラの名匠カルロ・リッツィが手綱を締めて、終幕の大迫力の(しかしよく考えると馬鹿馬鹿しい内容の)フーガ〈世の中はすべて冗談〉など各幕最後の声楽アンサンブルも実にパーフェクトだ。稽古後、デ・カンディアとメイのふたりが口を揃えて語っていたのも、このチームの音楽の質の高さだった。各所に人材を得て、ヴェルディの思い描いたとおりの理想的な《ファルスタッフ》が楽しめそうだ。

なお、すでに繰り返し上演されて定評を得ているジョナサン・ミラーの演出は、衣裳や舞台装置を、フェルメールなど17世紀のオランダ絵画に発想を得て作られたプロダクション。現在上野で開催中の話題のフェルメール展と併せて観れば、ビジュアル面の興味も膨らんでいっそう楽しめるはずだ。

新国立劇場の《ファルスタッフ》は12月6日(木)から15日(土)まで全4公演。東京・初台の新国立劇場オペラパレスで。12月9日(日)には、終演後に舞台裏を見学するバックステージツアーも開催される(定員50名・参加費200円)。

取材・文:宮本明