『海の夫人』稽古場より 撮影:黒豆直樹 『海の夫人』稽古場より 撮影:黒豆直樹

麻実れいを主演に迎え、イプセンの傑作『海の夫人』が5月13日より東京・新国立劇場にて上演される。『人形の家』で新たな女性の生きる道を描いたイプセンが、故国ノルウェーの小さな町を舞台に、医師・ヴァンゲルの妻として暮らすエリーダの“人生の選択”を通じて個人の自由意志と夫婦の結びつきについて描いた本作。5月初旬、通し稽古が行われた稽古場に足を運んだ。

舞台『海の夫人』チケット情報

麻実が演じるエリーダは、ヴァンゲル、彼の先妻の娘ふたりと暮らすも、その関係は順風満帆とは言えない。数年前に生後まもない息子を亡くしたことで精神的に不安定な状態が続き、さらにヴァンゲルとの結婚以前に心を通い合わせた恋人が再び彼女の前に現れたことで激しく揺れ動く。そんな、振れ幅の大きな“海の夫人”を麻実は圧巻の演技で体現する。登場シーンで明るくはつらつとした姿を見せたかと思えば、突然、目の前にいる誰の姿も目に入っていないかのような表情で己の過去や苦悩を吐露し、かつての恋人を前にして恐怖におののくなど、ひとりの女性の中にある明と暗の両面を存分に見せつけ、まるで時間帯や天気によって様々な顔を見せる海のように、つかみどころのないミステリアスな女性としてエリーダを演じている。

海に加えて、エリーダという女性の気質、物語全体に漂う空気を強く特徴づけているのが、この地に特有の“白夜”と“フィヨルド”の存在。演者の真上から放たれる強い照明により、白夜を思わせる明るいけれど、どこか暗い幻想的な空間が生み出されると共に、時に登場人物の顔にはハッキリと陰が差す。フィヨルドも北欧の絶景としていまでは観光名所のようになっているが、氷河によって鋭く削られた入り組んだ入江は、エリーダをはじめ、登場人物たちをこの小さな町に閉じ込める装置として機能している。

エリーダを取り巻く人々を演じる共演陣もそれぞれに迫真の演技を見せる。村田雄浩が演じる夫・ヴァンゲルは彼女を優しく包み込むが、そこにとどまらず、エリーダの心の叫びを真正面から受け止めることで“答え”を見出そうとする。一方、海からやって来て彼女を連れ去ろうとする眞島秀和演じるかつての恋人はエリーダの烈しさを上回る氷河のような冷たさを舞台上で醸し出す。彼女の義理の娘たちやその教師、胸を病んだ画家といった周囲の人物も単なるエリーダの引き立て役ではなく、ひとりひとりが実はエリーダと同じ問題を抱える存在であり、19世紀に描かれた人物たちは現代を生きる我々に鋭く“選択”を突きつける。

舞台『海の夫人』は5月13日(水)から31日(日)まで。チケット発売中。

取材・撮影・文:黒豆直樹