「過去に受けたコンクールで、審査員を意識し過ぎて失敗したことがあって。でも今回は、自分のやりたいことをやり切れたのがよかったかな」
そう凛とした笑顔で語るのは、住谷美帆。巨匠・須川展也の愛弟子で、今年7月にスロヴェニア国際サクソフォンコンクールで女性初優勝を飾った日本期待の若手だ。オケや吹奏楽団で活躍する選択肢もある中で、あえてソロの道にこだわる。世界的にも女性ソリストが少ないクラシック・サックス界では、ひときわ注目を集める存在になっている。そんな彼女が、今月待望のデビュー盤『プロムナード』を発表。16年のデビュー公演でも取り上げたムソルグスキーの組曲《展覧会の絵》を軸に、ピアノ名曲の編曲とサックス・オリジナルを織り交ぜた意欲作だ。
「私は12歳の時に吹奏楽部でサックスを始めましたが、それ以前に5歳から習っていたのがピアノ。今回は自分の原点に戻って、《展覧会~》、ショパン《12の練習曲Op10-4》、シューベルト《4つの即興曲Op.90-3》という、大好きなピアノ曲のアレンジを選びました」
長生淳編曲の《展覧会~》では、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンのサックス4本を駆使して、天衣無縫な名演を彫琢。卓越した技巧から生まれる、典雅な歌心と知的な表現力に驚かされる。
「前回はラヴェルの管弦楽版に寄せた解釈でしたが、今回は他の編曲版も全て原調で演奏したこともあり、ヴィブラートを様々に吹き分けて原曲に近い演奏を目指しました」
共演のピアニストは、12年の浜松国際ピアノコンクールを制し、住谷のデビュー公演の伴奏も務めた名手イリヤ・ラシュコフスキーだ。「前回よりもお互いの理解が深まり、マイクの位置を変えながら、サックス主体、ふたつの楽器が対等、ピアノ主体と、曲想に応じた音量のバランスにも注意を払ったつもりです。また《展覧会~》以外にも、旭井翔一さんが今回新たに編曲してくださったショパンでは、サックスの華々しい機能性をいかした演奏を。《展覧会~》と同じ長生淳さん編曲のシューベルトでは、この楽器ならではの甘美な音色を。それぞれご堪能ください」
ほかにも、グラズノフ《協奏曲》、ボノー《ワルツ形式によるカプリス》のサックス・オリジナル曲を収録し、この楽器の旨味を最大限に引き出した当盤。来年4月には、その発売記念公演を行うというから楽しみだ。演目は、《展覧会~》など収録曲に加え、フランクの傑作ヴァイオリン・ソナタのサックス版も予定している。
「昔から愛聴しているのが、オーギュスタン・デュメイ(vn)とマリア・ジョアン・ピリス(p)の録音。全4楽章からなる本作1番の核は、“叙情的な叙唱”と題された第3楽章。転調を重ねながら男女の秘めた愛を描いてゆくようなこの“大人の音楽”に、彼らのような抑制を効かせながら、サックスならではの新たな魅力も加味できたらいいなと思っています」
公演は4月7日(日)東京文化会館 小ホールにて。チケットは12月8日(土)午前10時発売開始。
取材・文渡辺謙太郎(音楽ジャーナリスト)