今日3月2日は、今を去ること約170年前の天保11(1840)年、遠山の金さんのモデルになった、遠山金四郎景元(とおやまきんしろうかげもと)が江戸北町奉行に就任した日です。遠山の金さんと言えば、古くは片岡千恵蔵、そして杉良太郎、高橋英樹、松方弘樹などの名優が演じてきました。お裁きの場で肩を出して「この桜吹雪が目に入らぬか!」と睨みを利かせるのは、水戸黄門の印籠と共に、時代劇ではお馴染みの場面でしょう。

しかし実際に遠山景元が桜吹雪の刺青をしていたかどうかは不明です。一説によれば全身刺青だったとも、女の生首の刺青だったともされています。そんな噂が立つのも、若い頃の遠山景元が家の事情に絡んで、やんちゃな生活を送っていたことや、家督を相続して後に、人前で肌を見せようとはしなかったからです。やがて落ち着く所に落ち着いて家を継ぐのですが、そんな若かりし頃の金さんを漫画にしたのが、小池書院の『刃-JIN-』で連載されていた『金四郎無頼桜』(永井豪)です。漫画に登場する金四郎は、義理の弟に家督を譲るため、家を飛び出し庶民に混じって生活しています。こうした家の事情は史実にほぼ沿ったもので、景元(金四郎)の祖父・景好、景好の養子・景晋と実子・景善、さらに景善の子・景寿、景晋の子・景元(金四郎)ら3代が複雑に絡んでいます。景元(金四郎)が家を出た理由は、家の事情に嫌気がさしたとも、親に冷遇されたからとも、筋目をはっきりさせるために自ら家を出たともされています。本当のところが分かるのは、それこそ景元(金四郎)だけなのでしょう。新たな記録の発見や、歴史家の研究を待つばかりです。それでも漫画では、人情深い性格を強調するためにも「義理の弟に家督を譲るため」としているようです。

  家を出た金四郎は、それこそ遊び人金さんとなって町中をブラブラするのですが、知り合った岡っ引きの琴音と共に、難事件に立ち向かうことになります。その琴音ですが、名前から想像できるように可愛い女の子です。ただ、江戸の町を歩き回る岡っ引きが女の子のわけはありません。町の顔役であったり、元犯罪者で裏の事情に通じている人間だったりと言うのが、岡っ引きの実態、つまりは奉行所の正式な職員ですらなかったんですね。でもまぁ、そこは漫画です。ヒーローがいれば、ヒロインも欲しいですし、誌面の彩りなんだなぁと納得しましょう。

  そんな琴音が事件を持ち込んだり、金四郎が首を突っ込んだりして、物語が展開するのですが、そこには同じ時代の有名人、絵師の葛飾北斎や、北辰一刀流の千葉周作、そして後に同じ奉行職としてライバルとなる林耀蔵(鳥居耀蔵)も登場します。特に林耀蔵(鳥居耀蔵)との確執は、『後年、対立するのも無理ないな』と思わせるものがあります。幕末の厳しい時代に奉行になるほどですから、人物としてはどちらも有能だったようです。ただ時代背景や漫画の展開からも、金四郎がヒーローとなり、林耀蔵(鳥居耀蔵)が卑屈な存在に描かれるのは仕方のないところかもしれません。そして数々の事件を解決することで、金四郎の桜吹雪に繋がっていきます。『なぜ桜吹雪?』と思うかもしれませんが、そのくだりはぜひコミックスを読んでください。

  さて永井作品には欠かすことのできないのが、女性キャラクターのお色気シーンです。もちろん『金四郎無頼桜』にも、テレビドラマ『水戸黄門』の由美かおるの入浴シーン以上に、お色気シーンが出てきます。ただし永井作品の『ハレンチ学園』や『けっこう仮面』のように、そちらばかりとは行きません。また他の漫画でも、サービスシーンや下ネタがどんどん出ている現在では、取り立てて刺激的なものとも言えません。むしろ無理にお色気シーンを入れなくても良いのではないかなと思えるところもあります。それでも女性キャラクターのはちきれんばかりの胸やお尻、そして現代女性もうらやむであろう強烈なくびれは、永井作品には欠かせないものでしょう。

   『金四郎無頼桜』のコミックスは3巻で完結、また残念ながら掲載誌の『刃-JIN-』は休刊してしまいました。ただし時代物漫画の人気は衰えません。リイ ド社の時代劇専門の漫画誌『コミック乱』などは、時代物の根強い人気を反映して、徐々に発行部数を伸ばしています。一般漫画誌でも、時代物の作品がいくつ も連載されています。いずれ新たな金四郎を主人公とした作品が登場するのを期待しましょう。

あがた・せい 約10年の証券会社勤務を経て、フリーライターへ転身。金融・投資関連からエンタメ・サブカルチャーと様々に活動している。漫画は少年誌、青年誌を中心に幅広く読む中で、4コマ誌に大きく興味あり。大作や名作のみならず、機会があれば迷作・珍作も紹介していきたい。