こちらも負けずと串を追加する。
ちなみにここは串の本数で会計をする。
食べた分の串は、手元に大事に持っておかねばならない。
ふと、足下に一本串が落ちていることに気がついた。
私の、ではない。ぜったいにない。たぶん、ない。


誰かの落とし物だが、現時点でもっとも酔いがまわっているとおぼしきは、
くだんのおっちゃんだ。
二人の若造が入れ替わりでトイレに立ったすきに、そーっと靴のつまさきで、
おっちゃんのほうに串をころがした。
レバを食べながらも串の行方をガンミし続ける私。


そんな私の熱い視線に、若造の一人がはたと気づき「そろそろ」的なことを口にした。
もう一人の若造も「じゃもうそろそろ」的なムードをかもした。
立ち飲みの一人酒女が、長っ尻だと無言の圧力をかけていると誤解されたようだ。
(カウンターが空くと優先的に立ち飲み客は着席できる)
おっちゃんは、「あらそう。じゃお愛想」と言って、
出しかけていた何かをがっかりした様子でふたたび鞄にしまおうとした。
その何かは、スケッチブックだった。


えんぴつらしいデッサンで、何枚も何枚も描かれている。景色や人物だ。
どうやら、これまでの仕事談義は単なる前振りで、
これからおれの作品を披露するクライマックスだったらしい。
混み合う店内を、やっぱりリズム感を持った忍者のような身軽さで出口に向かう若造。
そのあとをせつなそうにスケッチブックを抱えてあとを追うおっちゃん。


食べたいものはさっさと食べる、見せたいものはとっとと見せる。
もつ焼きファクトリーでの宴には余韻もためらいも前振りも無用なのだ。
なのだけど。なんだか申し訳ないことをしたような気分になった。
床に落ちた一本の串もリズミカルにどこかに転げて見えなくなった。

<今宵のお会計>
ビール1本(大瓶) 580円
カシラ、レバ、チレ、ナンコツ、ししとう、トロなど全90円を9本。
合計1,390円

【店舗情報】
カッパ
東京都武蔵野市吉祥寺南町1-5-9
16時半~22時 日祝休 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。