続いてご紹介したい『春琴抄』。
盲目の美人お嬢様「春琴(しゅんきん)」と、丁稚(でっち)の「佐助」のお話です。 春琴は、琴が上手な、大阪の大商人の家のお嬢様です。プライドが高く、佐助をほぼ奴隷として使っています。

佐助の方は、そんな春琴が大好きで、叩かれて血を流して泣くことがあっても、喜んで春琴のお世話をしています。道案内だけでなく、トイレ・お風呂・肉体的な奉仕など、全部です。佐助は、完全にドMなようです……。

琴の先生もしている春琴は、その傲慢な態度から敵も多く、ある時、何者かから、自慢の美貌に熱湯をかけられ、醜い顔になってしまいます。 佐助は、春琴の醜い顔を見たくないと、そして春琴もそんな自分の顔を見てほしくないだろうと思い、自分の両目を針で刺し、盲目となってしまうのです……。
そうすれば、いつまでも美しいままの春琴の顔を、覚えていられるから、と。

そこから二人は、ますます熱い愛を育み、信頼関係を強めていくという、こちらも「女王様と奴隷」の関係が描かれたお話でした。決して「純愛」などではなく「二人にしかわからない」凶器のような愛が描かれています。

句読点がほとんど打たれておらず、少し読みにくいですが、激しいSMの世界に惹きつけられ、ページをめくる手がとまりませんでした!

横たわる裸の美女に老人が添い寝する『眠れる美女』

さて次は、日本初のノーベル文学賞作家であり、新感覚派作家として独自の文学を貫いた川端康成の『眠れる美女』という作品をご紹介したいと思います。

川端康成と言えば“国境の長いトンネルを抜けると雪国であった”という書き出しから始まる『雪国』や、『伊豆の踊子』『古都』などが有名です。描写一つ一つが、とても美しく、感覚に訴えてくるような文章を書く川端康成ですが、「老人の性」が描かれている『眠れる美女』という作品は、ご存知でしょうか?

『眠れる美女』の舞台は、波の音が聞こえる海辺の宿です。そこは、すでに男ではなくなった老人たちが、若い女の子と一夜を楽しむことができる館。真紅のビロードのカーテンをめぐらせた一室では、前後不覚に眠らされた裸の若い娘がいます。その娘に「たちの悪いいたずらをしない」ことを約束した老人は、娘と一緒に添い寝をすることができるのです。

主人公は、67歳の江口という、過去に華やかな女性遍歴を持った老人です。ここに通うのは皆「安心出来るお客様」で、もう男ではなくなった老人たちですが、江口老人はまだかろうじて、元気です。そして恐らくそのことに、多少のプライドと自信を持っている!

江口老人は、この宿に、作中でなんと5回も通うのですね。どうやら、はまってしまったようです。
しかも、毎回別の女の子と一緒に寝ています。江口老人は、この館のルールこそ破りませんが、まだ20歳前後の女の子を、揺さぶったり、細部まで観察したり、抱きしめたり、話しかけたりします。しかし、彼が女の子を通して見てしまうものは、自分の過去の思い出……死んだ母親や、自分の娘、昔の恋人のことなのでした。

そうして、館に通うたびに、確実に「死」の雰囲気が文章に充満していきます。

この物語は、娘たちの身体の描写などが実に細かに描かれており、官能的ではありますが、それをはるかに上回る勢いで、冷え冷えとした「死」の気配が漂っていました。

体温があるのに、深く眠り、意識がない娘たち。隣に誰が寝ていたか、何をされたか、知ることさえできません。それってまるで、死んでいるみたいですよね? そして、その隣に、死が目前に迫った老人たちが添い寝をする……と。うわぁ、想像すると、何だか不気味です……。

官能的ではありますが、ホラーのようにゾクッとするラストが待ち構えています。五感に直に訴えてくる物語で、官能と怖さをあわせ持っている作品なので、夏にピッタリかもしれません。