撮影:稲澤 朝博

『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』は、心が優しいが故に頼りないところがある塾の講師・サトシが、末期ガンを宣告された母親のために奔走する姿を妻や父と兄のエピソードを交えながら描き、さらに母を失った父子の姿を丹念に映し出す感動のトゥルーストーリー。

『さよなら渓谷』(13)、『日日是好日』(18)などの大森立嗣監督が自らの脚本でメガホンをとった本作は、どうやら、主人公のサトシを演じた安田顕にとっても思い入れの深い作品になったよう。

そのあたりの素直な気持ちやご自身のお母さんに対する想いなどを、撮影を振り返りながらたっぷり話してくれました。

悲しい出来事が描かれているのにすごくユーモアに溢れた作品

――『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』の出演のオファーを受けたときに感じた作品のイメージを、原作の感想と一緒に教えてください。

『母を亡くした時、僕は遺骨食べたいと思った。』 2月22日(金)公開 ©宮川サトシ/新潮社 ©2019「母を亡くした時、僕は遺 骨を食べたいと思った。」製作委員会 配給:アスミック・エース

親の死は誰にでも必ず訪れますが、宮川サトシさんが絵と言葉で綴られた原作の自伝エッセイ漫画はその視点が独特で。

悲しい出来事が描かれているのにすごくユーモアに溢れていて、起こることに対する視点が面白いからクスッと笑える。

それでいて、そこには人の気持ちの真実があるので涙腺がジワッと緩むんですよね。とても素敵な作品だと思いました。

――その作品の主演で、実在されている方を演じられたわけですけど、そこに対してのプレッシャーはなかったですか?

それはないですね。原作が素晴らしかったですし、純粋に心を打たれたので、責任を持ってやろうという覚悟だけはきっちり持たせていただきましたけど。

プレッシャーを感じていたとしたら、これをちゃんと作品として残さなきゃいけないという、そっちに対してのものだったような気がします。

――撮影に入る前に宮川さんにもお会いになったんですか?

会ってないです。撮影に入ってから、現場ではお会いしましたけどね。

――では、サトシのキャラクターは脚本と原作から作られたわけですね。

そうですね。オファーをいただいてから原作を拝読して、素晴らしい内容でしたし、主演のお話なんてそうそうないですから「ぜひ、やらせてください」とまず言いました。

その後、大森立嗣監督と一献を傾けて、大森さんが書かれた脚本を読ませていただいたという流れです。

サトシを演じるときにいちばん大切にしたこと

――安田さんが最初に言われたように、悲しい出来事を描いているのにユーモアやほのぼのしたところがあって、サトシの言動にクスッと笑ってしまうような瞬間もたくさんありました。

サトシを演じるときにいちばん大切にしたことは何ですか?

大事にしたのは、この作品ならではの空気や世界観。それしかなかったです。要するに、ここでこう見せてやりたいという、役者のエゴみたいなものはまったくなくて。

確か、撮影の初日にみなさんでお食事をしたのかな~。僕は『愛しのアイリーン』の夏のシーンの撮影を終えた1週間後ぐらいに現場に入ったんですけど、その4日前に撮影を始めていた母親役の倍賞美津子さんや監督とお酒を飲みながら話したのは「内容も内容だから、柔らかくて温かい現場にしたい」ということでした。

なので、何を大事にしたか?って聞かれたときの答えは、そこですね。とにかく穏やかに過ごすことを心がけました。

――映画を拝見して母親と息子の関係性や距離感が本当に素晴らしいなと思ったんですけど、倍賞さんとのお芝居ではどんなことが印象に残っています?

『母を亡くした時、僕は遺骨食べたいと思った。』 2月22日(金)公開 ©宮川サトシ/新潮社 ©2019「母を亡くした時、僕は遺 骨を食べたいと思った。」製作委員会 配給:アスミック・エース

倍賞さんは本当に素敵な方です。これを撮影したのは一昨年の8月ですけど、全部撮り終わった後の打ち上げのときに電話番号を交換して、インタビューでは紹介できないようなプライベートの話もいっぱいしたんですよ(笑)。

そしたらね、一昨年の12月29日だったかな? 留守電に「お世話になりました。ま~たね~」という倍賞さんのメッセージが入っていて。

当たり前のことかもしれないけれど、わざわざ年末の挨拶をそんな風にくださるところが素敵だな~と思うし、撮影の待ち時間に父親役の石橋蓮司さんとお話しされているときの佇まいも魅力的で。

話す内容は何てことないんですけど、突然、「あれ、見て」ってチュッチュチュッチュしているつがいの鳥を指さしたり、車で走っているときも「曼殊沙華、曼殊沙華が咲いている」って急に言われたりするんですよ。

要するに、後ろに目がついているのかなって思うぐらい、いろいろなものが見えているし、興味を持たれるものが素敵なんです。

それに、ドラマの「下町ロケット」のときは阿部寛さんのお母さんの役をやられていたので、僕は現場では全然会わなかったんですけど、緑山スタジオですれ違った瞬間には声をかけてくださいましたし、11月の末に「お誕生日、おめでとうございました」というメールを送ったら「ありがとね、わざわざメッセージをくれて」という返信をくれて。

倍賞さんの誕生日は「今日、11月22日の“いい夫婦の日”は倍賞美津子さんのお誕生日です」と書かれたこの作品のツイッターで知ったんですけど、実はうちの母親と一緒の誕生日だったんです(笑)。

――そのことを知らずに撮影されていたんですか?

知りませんでした。女性は同性や自分の母親にマメに「誕生日、おめでとう」って連絡したり、プレゼントを上げたりするし、母親に同性として相談したりするけれど、男は女性の誕生日に無頓着だし、母親の誕生日も忘れたりするのよ(笑)。

それでいて、男は母親は絶対的な味方という考え方を無意識にしているから、心から甘えられるし、愚痴も言う。そういうところが間違いなくあると思うので、僕はまだ失っていないけれど、母親を失ったときの喪失感はとんでもないものだと思います。

この作品は観点がやっぱり温かい

――その部分は自然に共感できたわけですね。

うん。なかなか否定のしようのないテーマですものね。それに話が戻っちゃうけと、この作品は観点がやっぱり温かい。

原作や大森さんの脚本、倍賞さん演じる母親や石橋さんが扮した父親、ロケをした岐阜の大垣の風景のすべてに“温かさ”が漂っている感じがします。

――タイトルはけっこうインパクトがありますけどね。

そうですね。でも、「遺骨」って遺した骨でしょ。遺してくれたものでしょ。食べて何が悪いの?って話ですよ。

ただ、「遺骨を食べたいと“思った。”」ですからね。「僕は遺骨を食べた。」というタイトルじゃないから(笑)。「君の膵臓をたべたい」も「たべたいと思った」ってことだし、あれと同じです。

――劇中には感動的なシーンや涙、涙のシーンもたくさんありますが、演じながら心が揺れるようなことはなかったですか?

倍賞さんや石橋さん、サトシの恋人の真里を演じた松下奈緒さん、兄・祐一役の村上淳さんと話しているときのバイブレーションがあるじゃないですか。

それを監督もすごく大事にされていて。しかも、監督はモニターを見ない。カメラの横にいつもいて、芝居しか見ない。

その瞬間、そこにいる人たちが自分の目にどう映るのかしか見ないんですよ。本当に素敵な人です。

――写真の整理をしている母親にサトシが「なんで、そんな後ろ向きのことばかりやるんだよ」って怒るシーンがありましたが、例えば、あの撮影はどんな感じだったのでしょう?

あれはスケジュール的に撮影の最初の方だったと思います。ただ、昔、ある役者の先輩に「演じるときは3つのことを考えなさい。その3つがあったら芝居がブレないから」って言われたことがあるんですけど、その3つの要素「泣き虫」「お調子者」「甘えん坊」がすでに脚本に書いてありましたからね。

なので、きっかけになるセリフが現場でなくなっても“いける!”と思えたし、それこそ、あそこは“ボロボロ泣く”なんてト書きにはなかったけど、いまの3つの条件が揃った男だったら、そうなるだろうなという確信があって。

僕には実体験はないですけど、倍賞さんは倍賞さんでご自身の経験や技術で写真を拾い上げるお芝居をされていたし、サトシは死期が近い母親をたぶん受け入れられないだろうな~って素直に思えたので、そのまますんなり涙がこぼれました。

でも反対に、「涙がこぼれる」というト書きがあるのに涙が出ないときがあって。それで仕方なく目薬を点すことを提案したら、監督に「いいの、いいの。心が泣いてれば」って言われました。本当に素敵な人ですよ。