自動作曲アプリ「Chordana Composer」

デジタル機器による音楽制作が広がっている。これまではミュージシャンや作曲家などのプロや、楽器を趣味で演奏する人など、音楽関係者が多かった。ところが、PCを使って手軽に作曲できる環境が整い、これまで楽器を扱ったことがない人も音楽制作を始めるなど、市場の裾野が広がってきた。ここに楽器を扱ったことがない、楽譜が読めないという超ド素人でも簡単に作曲ができるアプリ「Chordana Composer(コーダナ コンポーザー)」が登場した。

●口笛から一曲つくれる自動作曲アプリ「Chordana Composer」

「Chordana Composer」は、カシオ計算機が今年の1月30日に提供を開始したiPad/iPhone向けの自動作曲アプリで、モチーフとなる2小節分のメロディを入力すると、それをベースに一曲丸ごと生成してくれる。

モチーフの入力は、口笛や歌声でも入力できるので、作曲や楽器の知識がない人でも簡単に作曲ができる。画面の鍵盤を弾いたり、画面の五線譜上に音符を配置したり、鍵盤の代わりにドレミで入力したりとさまざまな入力にも対応している。入力したモチーフは五線譜で表示され、修正もできる。

モチーフを入力したら、作りたい曲のイメージに合わせて、「ポップス」「ロック」など9種類からジャンルを選び、曲調を「バラード調」「ノリの良い」など3種類から選択して「自動作曲」ボタンをタップする。ジャンル、曲調のほかにもオブリガート(助奏)の細かな調整も可能だ。「自動作曲」ボタンをタップしたら、4秒ほどで自動作曲が終わった。作曲終了後も入力したジャンルや曲調の変更ができる。できあがった曲は、再生して楽しむだけではなく、メールで友人に送ったり、YouTubeにアップロードしたりできる。

モチーフを入力して自動作曲、と一言でいうが、わずか2小節からどのようにして曲ができあがっているのだろうか。この自動作曲について開発を担当したカシオ計算機のコンシューマ事業部 企画部 アプリ企画推進室(インタビュー当時)の南高 純一氏に話を聞いた。

●25年以上前の研究論文をベースに誕生した自動作曲アプリ

――自動作曲アプリはどのようにして誕生したのでしょうか。

南高 そもそも、25年以上も前にまとめた研究論文がきっかけになっています。

――25年も前なんですね。当時の自動作曲はどのようなものだったのでしょうか。

南高 1987年頃、他社や海外の自動作曲システムは、手動で入力した音の次にどの音がくる確率が高いか計算し、音をつなげていました。例えば、ドと入力するとこれまでの音楽などを分析し、ミがくる確率が高い、というように。しかし、これだと音が連なっているだけで、とても人が生み出す音楽とは異なっていた。音の並びだけをコントロールするだけでは音楽にならなかったのです。

――音楽として成り立たせるためには、音以外にどんな要素が必要だったのでしょうか。

南高 音楽を構成する要素として、音、リズム、和声(ハーモニー)、調性(キー)の四つに注目しました。この四つの要素をコンピューターでコントロールしたのです。ただ、当時はコンピューターにワークステーションを使っていたのですが、ハードウェア側の限界もあり、なかなか難しかったですね。この実験・研究の成果を論文にまとめ、1988年に情報処理学会の全国大会に提出したところ、高い評価をいただきました。

――なるほど。この論文から自動作曲アプリ作りがスタートしたんですね。

南高 いえ、実はこの後、自動作曲の研究を封印したんですよ。ハード的な限界があり、それ以上の研究は難しかったですし。結局、製品化もせず、その後私は楽器事業部に移り、楽器開発を担当していました。

●デジタル楽器と楽器初心者を結ぶ架け橋に

――再び、自動作曲の世界に戻られたのはきっかけはなんでしょうか?

南高 いま、スマートフォンがとても普及していますよね。デジタル楽器の裾野を広げるために、楽器初心者向けの音楽関連アプリを開発することになりました。その第一弾が2013年10月に提供開始した「Chordana Tap」と「Chordana Viewer」です。

――どんなアプリなのでしょうか。

南高 「Chordana Tap」は画面上のバーチャル楽器をタップするだけで伴奏している気分が味わえるアプリで、「Chordana Viewer」は耳で曲を聴いてコード譜を書き起こしてくれるアプリです。「Chordana Viewer」は演奏する人向けですが、「Chordana Tap」は誰でも好きな曲の伴奏が体験できます。ユーザーからそこそこの反応があり、音楽関連アプリの事業を続けていくことになりました。次の企画として立ち上がったのが自動作曲アプリです。

――開発を始めたのが2013年ということですので、25年、四半世紀ぶりということですね。25年前と比べて環境的に変わったところはありましたか。

南高 全部ですね。ハードウェアもインフラも大きく様変わりしました。当時使っていたワークステーションよりもiPhoneの方が性能が優れていましたよ。当時のワークステーションで行っていたことが、手のひらの上でできる。これで25年前にぶつかったハードウェアの壁を乗り越えることができました。

――アプリ開発で工夫した点や苦労した点を教えてください。

南高 どこまで機能を盛り込むかに頭を悩ませました。曲ができあがるとユーザーはその曲に感情移入していくはず。すると音色やテンポなどを修正したい、という欲も出てくる。そこで作曲した後でもジャンルなどを変更できる柔軟性を持たせました。

――そもそも2小節からどうやって1曲ができあがるのですか。

南高 入力した2小節のリズムを崩さないように、基本的には2小節を繰り返していく。もちろん、単純に繰り返すのではなく、少し変形させますが。また入力したモチーフに合わせて和音や音階、コード進行を考慮して展開していく。入力した音を分析して、それに合うコードパターンをいくつか導き出し、そのなかで最適なものを選び出している。このコードの導き出しや何を最適と評価するのか、ルール作りが大変でしたね。

――ルールは南高さんが作成したのですね。するとユーザーが入力したモチーフをベースに、南高さんが定めたルールに基づいて音楽に仕上げていく、というわけですね。

南高 そうですね。ですのでルールが違えば同じモチーフを入れても別の音楽になるでしょう。

――アプリを提供して、その手応えをどう感じていますか。

南高 レビューなどでユーザーの評価を見ると、メロディを作りたいという人が意外と多かったんだと感じました。カラオケのような簡単な音楽活動は好きだけれど、楽器を演奏するのはハードルが高い。そんなユーザーをこれからも取り込んでいきたいです。

「Chordana Composer」は現在(8月末時点)iOS向けに提供をしているが、今後はAndroid版の提供も検討しているという。7月にはYouTubeにアップロードする機能の追加や作成できる曲のジャンルが5種類から9種類に増えるなど進化も続けている。「Chordana Composer」のインストールが作曲の世界に入る第一歩となるかもしれない。(BCN・山下彰子)