舞台『ダブリンの鐘つきカビ人間』 撮影::加藤幸広 舞台『ダブリンの鐘つきカビ人間』 撮影::加藤幸広

後藤ひろひと作、G2演出の舞台『ダブリンの鐘つきカビ人間』が10月3日、PARCO劇場にて開幕し、好評上演中だ。10年ぶりの再演となる今回は、主人公・カビ人間役の佐藤隆太、ヒロイン・おさえ役の上西星来(東京パフォーマンスドール)のほか、白洲迅、大塚千弘、小西遼生、篠井英介、村井國夫など個性豊かな実力派が集結し、笑いと恐怖のダーク・ファンタジーを構築。初日前日の記者会見では、佐藤が「まったくの別世界ではなく、見ていてどこか自分と置き換えられたり。そんなリアルと幻を行き来する、幅広い旅をしてもらえるんじゃないかなと。本気で笑えて本気で泣ける、極上のエンターテインメントだと思います」と堂々、宣言。その言葉通り、キャスト全員のエネルギーによって強力にファンタジーの世界へと誘われ、揺さぶられる、豪快な舞台が誕生した。

舞台『ダブリンの鐘つきカビ人間』チケット情報

旅行中の真奈美(大塚)と聡(白洲)は、道に迷ってたどり着いた山小屋の老人(吉野圭吾)に、不思議な物語を聞かされる。物語の世界へと引きずり込まれたふたりの前に、続々と現れる不思議な国の住人たち。謎めいたケルト音楽の響きと、全員による特徴的なダンスが心を惑わせるオープニングだ。誰もが嫌う醜い容姿となってしまったカビ人間、気持ちとは反対の言葉が出てしまう娘おさえなど、人々は皆、奇妙な病に罹って困惑している。伝説の剣があれば、その病を治すことができると知った真奈美と聡は、剣を探す旅に出るが…。

カビ人間役の佐藤が見せるピュアな笑顔、快活な仕種には、物語の設定とは裏腹に強く惹かれずにいられない。作品の芯を担うにふさわしい華を持った役者である。チャーミングな表情と美声、さらに激しいアクションまでもこなす大塚と、整った容姿で三枚目の魅力を放つ白洲のコンビも爽やかだ。戦士のほか多役をこなす小西は、クールな表情にコミカルな味を潜ませて楽しい。若者たちのはつらつとした挑戦を支えながら独自の個性で観客を沸かすのは、吉野、篠井、村井の巧者たちだ。とくにシスター姿の篠井が、得意の女形の味わいを生かした魅力の適役となって光る。

おさえ役の上西には、その可憐な風貌と言葉の毒のギャップを終始微笑ましく見ていたが、クライマックスでのひたむきな表現に胸を突かれた。俳優陣が色彩豊かに競演を見せる中、後藤が絶妙の間を狙って差し込む笑いにも感服。ふたつの時空をさまよう旅に引き込まれ、謎にときめき、せつない結末に胸締めつけられる。まさに極上のエンターテインメントだが、出色はその幕切れだ。冒険の興奮を断ち切る苦さと、不穏な余韻の妙な心地良さ。大人のファンタジーならではの味わいをぜひ体感してほしい。

公演は10月25日(日)まで東京・PARCO劇場にて。その後全国を巡演。

取材・文 上野紀子