藤竜也

 3人の子どもを育て上げ、猫のチビと共に穏やかな晩年を過ごす勝と有喜子の夫婦。ところがある日チビがいなくなったことをきっかけに、不安をつのらせた有喜子は娘に「お父さんと別れようと思っている」と打ち明ける。西炯子の漫画を原作に、結婚50年を迎えた老夫婦の心の機微を倍賞千恵子と藤竜也が演じる『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』が5月10日から公開される。本作で、頑固な昭和の男・勝を演じた藤竜也が、妻役の倍賞や、映画の裏話について語った。

-藤さんの長いキャリアの中でも、倍賞千恵子さんとは映画では初共演だったそうですね。今回は日活出身の藤さん、松竹の倍賞さん、そして東宝の星由里子さんとの共演でしたが。

 そう考えると確かにそうですね。これは結構うれしかったです。星さんとお会いしたときには「おお、若大将のマドンナだ」(笑)と。倍賞さんなら「下町の太陽だ。寅さんだ」と、ちょっとミーハー的な気分になりました。それとお二人が長い間女優をやってきたことに対する敬意があります。特に星さんとは共演がなかったので、会ったことのない戦友に会ったような感じがしました。

-倍賞さんと老夫婦役を演じた感想は? 今回共演してみて印象に変化はありましたか。

 かわいい老妻という役のせいかもしれませんが、風情がとてもかわいいと思いました。28年前にドラマで中年の夫婦役で共演しましたし、私生活でも、住まいが近いので、普段から家族ぐるみで一緒に食事をしたりしていますから、会ってお互いに「老けたね」なんて驚くこともありませんし、気を使うこともなく、いい雰囲気で夫婦役をやらせてもらったと思います。僕は実生活ではあまりしゃべらないし、倍賞さんとは、お互いに相手のことは分かっているから、撮影中も特に話はしませんでした。

-この映画は、年を重ねてからのラブロマンスということで、若い頃の倍賞さんのかわいらしさと、藤さんのダンディな雰囲気の残り香が漂うようなところがありました。欧米とは違い、日本ではこういうタイプの映画は珍しいと思いますが…。

 あまた俳優さんがいらっしゃる中で、やらせてもらってラッキーです。オファーをもらったらうれしいですよ。お客さんが入ればこういう映画もどんどん作るのだろうけど、映画も興行だから…。なかなか難しいところです。ただ、この年になると一本一本の作品が大事になりますから、仕事を頂けること自体が僥倖(ぎょうこう)です。だから、せりふを覚えられるうちは続けたいと思っています。

-最近の藤さんは、『龍三と七人の子分たち』(15)や『お父さんと伊藤さん』(16)、そして本作と、頑固親父的な役が多くなってきましたね。

 どうしてそういう役になるのか、自分ではよく分からないけれど、そういう印象があるのかな。特に今回なんて、考えたら甚だ迷惑なやつですよ。倍賞さんは生身の僕たち夫婦の姿をご存じなので、違いを分かっていますが、風貌からどうもそういうふうに見えるらしいです。自分では人相は悪くないと思っていますが…(笑)。でも、役としてはそういう印象があった方がいい。使う方も「こういうタイプの役はあの人にやらせよう」となるわけですから。

-見ていて腹が立つような、うらやましいような、無口でかっこをつけたがる昭和の男を演じた感想を。

 見ていて不愉快になるようなシーンの押し引きは、全て(小林聖太郎)監督の指示通りに演じました。そこから、妻に愛を告白するまでのプロセスの変化は監督が一番分かっていますから。こちらは分からないので、全て監督に調節してもらいました。とても助かりました。

-では、実際の藤さんはこの映画の役とは全く違うわけですね。

 実際の僕はこんな男ではないと信じていますが…。ただ、夫婦の会話はあまり得意じゃないです。「これこれこうだった」という結論のある話はできますが、結論のないとりとめのない話は苦手です。だけど、それをしなければいけないとは言われます。僕もこの映画をやった後でちょっと反省をして、意味のないことを妻に話し掛けたりしています(笑)。もう50年も亭主稼業をやっているので、今回の役も自分自身をベースにすればいいと思いました。

-若い小林聖太郎監督の印象は?

 彼が助監督のときに『村の写真集』(04)でご一緒しましたが、今回の作品に関して言えば、落ち着いていて、ちょっとクラシックな感じで、昔の松竹映画を思わせるようなところもあって。いろいろと勉強をして、引き出しもたくさん持っているから、とても頼もしいです。それと、あの人は実際に僕たちの前で芝居をやって見せるんです。熱心な監督です。

-もう一人の主役である猫との共演はいかがでしたか。

 あの猫は大物です。専門の方がああいう猫を見つけてきてトレーニングをするのだろうけど、ここに置いたら絶対に動かないとか、来いと言えば来るとか、よくできると思います。あの子のおかげで撮影の時間を取られたという記憶はありません。舞台あいさつでいくらカメラのフラッシュをたかれても、抱かれたまま平然としているし…。

-最後に観客に、映画の見どころなどをお願いします。

 例えば夫婦で見たら、見終わった後で「手をつないで帰ろうか」、「飯でも食おうか」とか、旦那はちょっと女房の顔色をうかがって、少し考え直さなければいけないなとか、そう思ってくれたらいいですね。

(取材・文・写真/田中雄二)