立石:褒めるのが苦手なのであれば子どもがやっていることを実況してあげればいいんです。

「ご飯全部食べてるね」「お片づけできているね」と横で実況するってこと自体子どものことを観察していることなので、「ママは僕のことを見てくれている」と理解し、言われなくてもやるようになります。

本来、勉強とか片付けとか挨拶というのは、それをやると綺麗になる、物もなくならない、気分がいい、挨拶をすれば相手も返してくれて嬉しい、ということが動機で習慣づけられるものですよね。
「片付けたから偉い」ではなくて、「片付けたから綺麗になって助かる、お母さんは嬉しい」と言葉に変えることが褒めることになるのではないかと思います。

「ゴミを拾って偉い」と言うと、わざとゴミを散らかして、先生の前で拾って見せるような子もいるんです。
ゴミを拾うっていうのは誰が見ているからするものではなくて、自然にすることですよね。
だからずっと褒めるっていうのはあまり必要ないと思います。

「頑張ったからご褒美」は逆効果!

また、頑張ったからってお菓子やゲームなどのご褒美をあげるというのも良くないですよね。

頑張ったねと言葉をかけるとか、テストでいい点を取ったらみんなで拍手とか、花丸をつけるとか、シール程度のものをあげるならよいのですけど、お菓子やゲームとご褒美がエスカレートしていくと、そういうものがないとやらない悪習慣がついてしまいます。

勉強って自分の知的好奇心が満たされるとか学力がつくってことに移行していかないと、親に言われたってやるようにはならないですし、「勉強しろ」って言ったってやらないのは勉強する気がない、それをやっても楽しくないからですよね。
だから形で評価するというのはよくないと思っています。

昨日、1週間前と比較してあげる

——私は2歳9ヶ月の娘がいて、最近スプーンやフォークをうまく使えるようになってきたんです。そこで、早く手がかからないようにしたくて、必要以上に「偉いね、お利口だね」って
褒めて伸ばそう!と考えてしまうのですが、これは間違っているのでしょうか?
偉いね、と言わなくてもうまく使えるようになるには何と言うのが正しいのですか?

立石:褒めたからって早く使えるようになるとは限らないですよね。
だから「今日もスプーン使えたね、明日も頑張ってね」って言うくらいでいいと思いますよ。

今も3分の1はスプーン、残りは手づかみでいいんです。それを続けているとスプーンの割合が増えていく。お箸に切り替わったときも、最初の3,4口だけで、あとはほとんどスプーンでもいいんです。

それを続けたら「今日はほとんどお箸で食べられた」って自分でも達成感を感じて、それが動機付けになるわけです。

——月齢の近い子がもうだいぶうまく食べられるようになっていることに焦りを感じて、
自分の子どもにも頑張ってほしくて褒めていたんですが、それは間違っていたってことですね。