【映画コラム】甘さと厳しさ、悲劇と喜劇の要素を併せ持った『母と暮せば』

2015.12.12 18:56配信
(C)2015「母と暮せば」製作委員会

 山田洋次監督の通算83本目となる監督作『母と暮せば』が公開された。1948年、長崎で助産婦をして暮らす伸子(吉永小百合)の前に、3年前に原爆で亡くなった息子の浩二(二宮和也)が亡霊となって現れる…という物語。

 本作は、広島で暮らす娘と原爆で命を落とした父の亡霊との対話を描いた、井上ひさし原作の『父と暮せば』と対を成す。生前の井上が「長崎を舞台にした物語を書きたい」と考えていたことを知った山田監督が「バトンを受け取ったような気持ち」で撮った映画だからだ。

 その点、本作は『父と暮せば』を踏襲する形で、生者と死者との会話から、大切な人の命を一瞬にして奪う原爆、ひいては戦争の不条理や理不尽さを浮かび上がらせるという手法を取っている。

 だが『父と暮せば』が父と娘による二人だけの会話劇なのに対し、本作は回想を巧みに挿入しながら、浩二の恋人の町子(黒木華)、伸子に心を寄せる気のいい大陸帰りの“上海のおじさん”(加藤健一)、町子の同僚教師(浅野忠信)、あるいは伸子の隣人たちといった多彩な人物を登場させる。

 彼らの存在が物語に広がりを与えているのだが、中でも寅さんにも通じる上海のおじさんのキャラクターが最も山田監督らしさを感じさせる。

 また、山田監督は二宮の起用について「クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』(06)で日本兵を演じた彼を見て決めた」と語っている。亡霊のイメージは、ジャン・コクトー監督の『美女と野獣』(48)や溝口健二監督の『雨月物語』(53)を参考にしたというが、二宮が演じることで「悲しくなって涙を流すと姿が消えてしまう亡霊」という切ない設定にし、山田監督にしては珍しくCGを駆使して一種のファンタジーとして描いている。

 その結果、山田監督が「二人には、時として恋人同士にも見えるような甘さがある」と語るような独特の母子像が構築された。特に初めて浩二が姿を現すシーンで「母さんは諦めが悪いから、なかなか出てこられんかったとさ」と甘えるように話す二宮が絶品だ。

 その反面「僕の死は運命だった」と語る浩二に対し、伸子が「地震や津波は防ぎようがないから運命だけど、これは防げたことなの。人間が計画して行った大変な悲劇なの」と語る、山田監督の戦争に対する思いが集約されたような厳しいせりふもある。

 甘さと厳しさ、悲劇と喜劇の要素を併せ持った本作は、あえて戦闘シーンや残虐なシーンを見せずに戦争について考えさせる。そこに山田監督の真骨頂が発揮されている。(田中雄二)

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