世田谷パブリックシアター『同じ夢』 撮影:細野晋司 世田谷パブリックシアター『同じ夢』 撮影:細野晋司

2月5日、東京・シアタートラムで赤堀雅秋作・演出の新作『同じ夢』が開幕した。

舞台『同じ夢』チケット情報

喫煙者の肩身が狭くなり続けている昨今。会社や店でも、喫煙可能な場所はどんどん減っている。この作品の中では、タバコを吸わない家主の取り決めで喫煙していいのは台所の換気扇の下だけだ。登場人物たちは代わる代わるここでタバコを吸う。その姿はまるで己の人生に休符を与えているかのようだ。

ステージには古びた一軒家の台所と居間のセットが。物語は、印象的な赤い照明のなか、光石研演じる昭雄が黙々と掃除機をかけているシーンから始まる。ここは千葉のパッとしない商店街にある精肉店の自宅部分。二代目の昭雄は真面目に働くが、先代の頃からいる従業員(赤堀)や昭雄の飲み仲間で文房具屋の秀樹(田中哲司)は台所でダラダラとだべっている。今日は昭雄の妻の命日。10年前、交通事故で亡くなったのだ。その時妻と接触したトラックに乗っていた田所(大森南朋)は今年も線香をあげに来る。昭雄や、昭雄の娘の靖子(木下あかり)にはもう、田所を恨んでいる様子は見られない。そこへ寝たきりの昭雄の父を介護しに、ヘルパーの高橋(麻生久美子)がやってくる……。

近所に新しいマンションが建ってもさほど活気が戻るわけでもない商店街。そんななか、痴呆の始まった親を抱え、もてあます男たち。何かを諦めたように介護の仕事をこなすシングルマザー……。なんとも言えない閉塞感の漂うなかで、彼らは延々、なんでもない会話を続ける。

赤堀の作品に登場する人物たちは、目標に向かって進んでいるわけでも、停滞する日常から脱しようとあがくわけでもない。ただ置かれた現状の中で毎日息をしている。それぞれの鬱屈を抱えながらも、決してそれを明確に見せることもない。『同じ夢』では、観客はそんな人々のある日の日常を覗くだけ、とも言える。だがたった2時間で、この見栄も向上心もない人々が、愛おしくてたまらなくなる。どうしようもない人の粗野とも見えるふるまいが、気持ちを少し救いさえする。

赤堀は今作で表現したものが「僕の原点であり、20年前から変わらず目指すべきところ」と語っている。確かにその通りだが、光石や田中をはじめとした手練れの役者たちによってこの作品はさらに研ぎ澄まされ、赤堀の集大成とも言える作品になっているように見える。ちょっとした会話、ほんのわずかな間に静かに心を揺さぶられる、ぜいたくな舞台だ。

東京公演は2月21日(日)まで。その後、長野、茨城、愛知、兵庫、広島、福岡を巡演。

取材・文:釣木文恵