井上芳雄

累計800万部を超える人気漫画を映画化した『宇宙兄弟』がまもなく公開となる。宇宙飛行士選抜試験に臨む主人公・南波六太(ムッタ/小栗旬)のライバルであり、親友となるケンジを演じたのは、名だたる演出家の舞台で強い存在感を放つ“ミュージカル界のプリンス”井上芳雄。インタビューで4度目となる映画出演への思いを語った。

ケンジは爽やかで、リーダーシップのある好青年。森義隆監督からは撮影前に「そのままでいてくれればいい」と言われたそうだが、この言葉に撮影を通じて苦しめられることになったという。「舞台の人間なので“何もしない”という演技をやったことがないんです。『演技しないで』と言われて20回近くやり直したシーンもあったし、OKが出ても何がOKだったのか分からない(苦笑)。演じてて『役を掴んだ』という感覚は全くなくて、完成作を観て初めて『あ、ケンジになってる』って思えた。それは映像ならではの感覚だと改めて思いました」と明かす。

小栗とは蜷川幸雄演出の舞台『ハムレット』('03)以来の共演となる。当時は楽屋も同じだったという小栗に対し、「この9年でいろんな経験をして、それが小栗旬という人間に全て生かされてるんだなということを感じましたね。一方で『この映画で芝居に対してやっと楽になったところがある』と自分の思いを赤裸々に語ってくれたり、芝居への真摯な姿勢や熱さは全く変わってなかった」と惜しみない称賛をおくる。

劇中、良きライバルとして選抜を兼ねた訓練を受けるムッタとケンジの姿は小栗と井上の関係とも重なるのでは? そんな問いに「小栗くんは9年前の時点で人気俳優だったし、その後も次々と大きな作品で活躍してる。そんな風に見たことはないですよ」と微笑むが、宇宙飛行士候補者たちが月面基地を模した閉鎖空間で生活するシーンに関しては、芝居作りと重なる部分を感じたようだ。「オーディションを経て選ばれて、『この人どういう芝居するのかな?』とか『僕はどう応えられるのか?』なんて考えながら周りを窺ってる気持ちは同じですよね。オーディションのときの心理? これだけの人の中でまず受かるなんてないだろうって絶望的な気持ちですよ(笑)」。

決して映像作品への出演が多いとは言えない井上だが、舞台とはタイプの違う演技の経験が「確実に俳優としての糧となっている」と断言する。「舞台では考えないようなことを考えさせられますね。足し算ではなく引き算でどう見せるか? 映画の場で芝居をより繊細に考えてる自分がいるなと思います。何度やっても慣れないで常に緊張するし、できない自分が本当に嫌になるけど、お話をいただくと断る気になれない。マゾなんですね(笑)。そういう新人のような気持ちで臨める場をありがたく思ってます」。

『宇宙兄弟』

取材・文・写真:黒豆 直樹